長寿王
Keywords: 長寿王, 394年, 413年, 414年, 427年, 491年, 中国, 北魏, 南朝, 古代
長寿王(ちょうじゅおう、394年-491年)は、古代朝鮮の高句麗第20代の国王。広開土王の子(在位:413年-491年)。
413年、父の死により後を継いで即位する。414年、首都の国内城(現在の中国吉林省集安市東郊)に父の事績を記した碑文を建造した。これが好太王碑文であり、明治時代に日本軍によって持ち帰られて解読されるに至ったものである。427年、首都を国内城から平壌に移して新羅や百済、さらに百済を援軍として助ける日本軍と戦って朝鮮半島の大半と遼河以東までに勢力を拡大し、高句麗の最大版図を築き上げた。また、中国の王朝に対しては北朝の北魏や南朝の宋、次いで斉と友好関係を結んで、高句麗の全盛期を築き上げた。
さらにこの時代、98歳という長寿をもって没したことから、長寿王と称された。当時の98歳は、現在では115歳くらいではないかと思われる。
