金沢市
Keywords: 金沢市, 10月1日, 1874年, 1889年, 1962年, 1967年, 1971年, 1973年, 1974年
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| 金沢市のデータ | |
| 面積 | 467.77km² |
| 総人口 | 457,836人 (2004年1月1日) |
| 市長 | 山出保 |
| 市の日 | - |
| 市の花 | - |
| 市の木 | 梅 |
| 市の鳥 | - |
| 金沢市役所 | |
| 所在地 | 〒920-8577 |
| 金沢市広坂1-1-1 | |
| 電話番号 | 076-220-2033 |
| 外部リンク | いいねっと金沢 |
| 金沢市の県内での位置 | |
| center|金沢市の県内での位置 | |
金沢市(かなざわし)は、石川県の中央に位置する同県の県庁所在地。加賀百万石の城下町で知られ、北陸地方(新潟県を含まない)最大の都市である。
日本三名園のひとつである兼六園が有名。全国的には雪景色のイメージが強いが、平野部は、日本海側にしては積雪が少なめ。代表的な郷土料理は、治部煮。毎年6月中旬の週末には、加賀藩の藩祖・前田利家の金沢入城にちなんだ金沢百万石まつりが開催される。
| 目次 |
市勢
県の人口の4割近くが金沢市に集中する。戦災を受けなかったことから、中心市街地は江戸時代の城下町の面影を残している。
地理
- 湖沼
- 河北潟干拓地
- 河川
- 山 (括弧内は標高)
- 奈良岳(1,644m)
- 大門山(1,572m)
- 医王山(939m)
- 後高山(649m)
- 戸室山(548m)
- キゴ山(546m)
- 野田山(175m)
- 卯辰山(141m)
歴史
「金沢」という地名は、昔、芋掘藤五郎が山芋を洗っていたらそこから砂金が出たため、「金洗いの沢」と呼ばれたという伝説による。「金洗いの沢」は兼六園内の金沢神社の隣りにあり、現在は「金城霊沢」と呼ばれている。
戦国時代の一向一揆で本願寺の拠点が置かれた尾山御坊(金沢御坊)とその周辺の寺内町を起源とする。織田信長配下の佐久間盛政が尾山御坊を攻め落とし、その地の尾山城(現在の金沢城)を改築、後に前田利家が居城としてから、城下町として発達した。江戸時代には江戸、大坂、京都に次ぐ人口があり、美術工芸が発達した。
明治時代になると、1889年に市制が施行され、また、旧制第四高等学校(金沢大学の前身)、陸軍第9師団がおかれ、学都、軍都として栄えた。1920年(大正9年)には人口12万9265人を擁し、国内11番目の都市であった。
地名の移り変わり
現在の金沢市の中心部は、古くは石浦村と呼ばれていた。尾山御坊が出来、寺内町が発達し、「南町・西町・松原町・安江町・近江町・堤町・金屋町・材木町」といった町が成立。これを総じて尾山八町、或いは単に尾山と呼んだ。後に前述の芋掘藤五郎の伝説から「金沢」と呼ばれるようになるが、前田利家が城主になると「尾山」に復し、家督を長男 利長に譲り隠居した後に再び「金沢」とした。
旧町名の復活運動
金沢市では、1962年に住居表示に関する法律の実験都市に指定され500余りの町名が消滅したが、町名の復活を望む声が高まり1999年の主計町を皮切りに次々と町名が復活された。さらに並木町などが復活の為の準備を進めている。(並木町は2005年10月1日に復活の予定。)これに刺激を受けて東京、会津若松市、盛岡市など全国に復活運動が広がっている。
- 復活した町名
- 主計町(かずえまち)- 1999年10月1日復活。2004年5月1日に町域が拡大。富田主計の屋敷があった事に因む町名。
- 飛梅町(とびうめちょう) - 2000年4月1日復活。前田対馬守の下屋敷があった所で前田対馬守の家紋(角の内梅輪)に因む町名。
- 下石引町(しもいしびきまち) - 2000年4月1日復活。金沢城築城の際に建材の石を引いたことからつけられた町名。
- 木倉町(きぐらまち) - 2003年8月1日復活。江戸時代初期に材木蔵が置かれていたことからつけられた町名。
- 柿木畠(かきのきばたけ) - 2003年10月1日復活。江戸時代に火除地として柿の木が植えられたことによる町名。
- 六枚町(ろくまいまち) - 2004年6月1日復活。この地の税額が銀6枚であったことからつけられた町名。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市制を施行した。10.40km2。
- 1924年(大正13年)1月1日 - 野村の一部を編入した。10.61km2。
- 1925年(大正14年)4月1日 - 野村を編入した。16.82km2。
- 1925年(大正14年)4月10日 - 弓取村を編入した。20.05km2。
- 1935年(昭和10年)12月16日 - 大野町・粟崎村・鞍月村・富樫村・潟津村・米丸村を編入した。51.55km2。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 小坂村・三馬村・崎浦村を編入した。90.71km2。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 戸板村を編入した。96.21km2。
- 1943年(昭和18年)12月1日 - 金石町・大野村・二塚村を編入した。111.09km2。
- 1947年(昭和22年)5月3日- 三谷村の字釣部を編入した。114.16km2。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 川北村を編入した。122.10km2。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 内川村・犀川村・額村・安原村・湯涌谷村を編入した。303.76km2。
- 1956年(昭和31年)1月1日 - 押野村を編入した。309.79km2。
- 1957年(昭和32年)4月5日 - 浅川村を編入した。393.40km2。
- 1957年(昭和32年)4月10日 - 野々市町に押野地区の一部を譲った。391.34km2。
- 1962年(昭和37年)6月1日 - 森本町を編入した。458.78km2。
- 1965年(昭和40年)7月30日 - 河北潟の一部埋め立てによる面積増加。458.90km2。
- 1967年(昭和42年)10月27日 - 河北潟の一部埋め立てによる面積増加。459.18km2。
- 1968年(昭和43年)4月1日 - 野々市町と境界変更した。459.19km2。
- 1969年(昭和44年)3月1日 - 野々市町と境界変更した。459.21km2。
- 1971年(昭和46年)3月2日 - 河北潟埋め立てに伴う面積増加。459.31km2。
- 1980年(昭和55年)2月1日 - 野々市町と境界変更した。459.31km2。
- 1980年(昭和55年)5月13日 - 埋め立てによる面積増加。460.20km2。
- 1980年(昭和55年)9月1日 - 野々市町と境界変更した。460.20km2。
- 1981年(昭和56年)10月1日 - 河北潟干拓地の境界を定めた。468.09km2。
- 1988年(昭和63年)10月1日 - 国土地理院の測定方法変更により面積修正。467.77km2。
- 1992年(平成4年)3月1日 - 松任市と境界変更した。467.77km2。
- 1996年(平成8年)6月1日 - 津幡町と境界変更した。 467.77km2。
- 1999年(平成11年)5月1日 - 野々市町と境界変更した。 467.77km2。
行政
- 市長 - 山出保(やまで・たもつ)1990年12月10日就任。4期目。
経済
旧来の農業・水産業の他,伝統ある繊維工業に端を発した繊維機械製造業と、そこから派生した特色ある機械製造業が盛んである。近年になって、パソコン周辺機器に関する企業群が急速に成長している。この他、国内シェア98%に達するものに金箔製造業がある。
新潟県を含まない北陸地方で最大の小売業販売額をあげる商業都市の側面もあり、百貨店・大型SC・ブランドショップの集積がある。とくに、ブランドショップでは、北陸地方で唯一の出店となるものが多く、その商圏が隣接する富山県に及ぶのが強み。その他の産業でも、北陸地域の営業拠点を設ける企業が多く、いわゆる支店経済が形成されている。
創業時から本社をもつ、地元の上場・店頭公開企業としては,地方銀行上位で財務内容のよい北國銀行、ジェット・ルーム(織機)で世界一の津田駒工業、ボトリング・システム(瓶詰めプラント)で世界一の澁谷工業、パソコン周辺機器のアイ・オー・データ機器がある。
また、同じくパソコン用モニターで絶大なブランドEIZOをもつナナオの本社・工場,セラミック・コンデンサーで有力な村田製作所の生産子会社である金沢村田製作所が隣接する白山市にあり,いずれも今後の成長が期待される。
このように、新しい産業の成長や北陸地域内での商業施設の集積は今後も続くものの,一方では懸念材料も多い。小松空港に発着する航空路線の充実や、鉄道・高速道路の利便性向上とともに、北陸地域にそもそも営業拠点を設けない企業が増えており、いわゆる支店経済は終焉を迎えようとしている。
金沢大学・石川県庁などの大規模な施設は近年までに市内中心部から郊外へ移転を済ませており,さらに郊外での大型SC・ロードサイド店の増加などで,中心商店街の集客力は弱まりつつある。兼六園をはじめとする豊富な観光資源も、歴史的な遺産に依存しているものが多く、観光客もリピーターとはなりにくい。
始まったばかりの金沢城復元や金沢21世紀美術館などの新しい観光資源への投資で、他都市にはない魅力をどこまで維持できるかが今後の課題だろう。
姉妹都市
- アメリカ合衆国・バッファロー市(1962年提携)
- ロシア連邦・イルクーツク市(1967年提携)
- ブラジル・ポルト・アレグレ市(1967年提携)
- ベルギー・ゲント市(1971年提携)
- フランス・ナンシー市(1973年提携)
- 中華人民共和国・蘇州市(1981年提携)
- 大韓民国・全州(チョンジュ)市(2002年提携)
- 七つの姉妹都市の多くは、その地方の中心的都市であったり歴史的遺産を持つ古都である。全州市は1996年に全州市と姉妹都市を締結した蘇州市の市長が金沢と全州の姉妹都市締結を提案し縁組に至った。
地域
学校教育
- 大学
- 短期大学
- 北陸学院短期大学
- 星稜女子短期大学
- 高等専門学校
- 高等学校
- 金沢大学教育学部附属高等学校
- 石川県立金沢錦丘高等学校
- 石川県立金沢泉丘高等学校
- 石川県立金沢二水高等学校
- 石川県立金沢伏見高等学校
- 石川県立金沢辰巳丘高等学校
- 石川県立金沢商業高等学校
- 石川県立工業高等学校
- 石川県立金沢西高等学校
- 石川県立金沢桜丘高等学校
- 石川県立金沢北陵高等学校
- 石川県立金沢向陽高等学校
- 石川県立金沢中央高等学校
- 金沢市立工業高等学校
- 金沢高等学校
- 星稜高等学校
- 藤花学園尾山台高等学校
- 北陸学院高等学校
- 遊学館高等学校
- 金沢学院大学附属金沢東高等学校
- 中学校
- 国立1校、県立1校、市立24校1分校、私立2校
- 小学校
- 国立1校、市立58校1分校、私立1校
- 養護学校
- 国立金沢大学教育学部付属養護学校
- 石川県立医王養護学校
- 石川県立平和町養護学校
- 石川県立愛育養護学校
- 盲学校
- 石川県立盲学校
- ろう学校
- 石川県立ろう学校
社会教育
図書館
- 公立公共図書館
- 学外者の館外貸出し利用が可能な大学
- 金沢大学
- 星稜大学
- 北陸大学
- 北陸学院短期大学
- 金沢美術工芸大学
- 財団法人の図書館
- 県国際情報ライブラリー(財団法人石川県国際交流協会)
美術館・博物館等
- 石川近代文学館
- 石川県金沢港大野からくり記念館
- 石川県銭屋五兵衛記念館・銭五の館
- 石川県埋蔵文化財センター
- 石川県立伝統産業工芸館
- 石川県立美術館
- 石川県立歴史博物館
- 泉鏡花記念館
- 大樋焼本家窯元 十代長左衛門窯・大樋美術館
- 金沢卯辰山工芸工房
- 金沢市民俗文化財展示館
- 金沢市立中村記念美術館
- 金沢市立ふるさと偉人館
- 金沢市立埋蔵文化収蔵庫
- 金沢市立安江金箔工芸館
- 金沢蓄音器館
- 金沢21世紀美術館
- 金沢美術工芸大学美術工芸研究所
- 金沢湯涌夢二館
- 成巽閣
- 徳田秋聲記念館
- 西田家庭園 玉泉園
- 日機装株式会社 宗桂会館
- 藩老本多蔵品館
- 前田土佐守家資料館
- 室生犀星記念館
ホール・その他の文化施設
- 石川県立音楽堂
- コンサートホール
- 邦楽ホール
- 交流ホール
- 石川県立能楽堂
- 金沢市アートホール
- 金沢市観光会館
- 金沢市文化ホール
- 金沢市民芸術村
- 金沢湯涌創作の森
- 金沢卯辰山工芸工房
- ウェルシティ金沢 石川厚生年金会館
- 金沢21世紀美術館
公園・緑地
- 西部緑地公園 - 1974年開設 49.6ha
- 健民海浜公園 - 1971年開設 47.1ha
- 奥卯辰山健民公園 - 1971年開設 41.6ha
- 犀川緑地 1978年開設 32.7ha
- 北部公園 - 1989年開設 20.7ha
- 兼六園 - 1874年公開 11.7ha
- 金沢城公園 - 2003年開設 11.0ha(完成部分のみ)
- 本多の森公園 - 1978年開設 5.9ha
- 大野湊緑地公園 - 1997年開設 2.7ha
- 鞍月セントラルパーク - 2003年開設 1.7ha
- 玉川公園 - 1979年開設 1.5ha
隣接している自治体
交通
鉄道路線
- 市内を走る路線とその駅
- 北陸鉄道の両線は連絡していない。石川線は西金沢駅で、浅野川線は金沢駅で、JR線に乗り換えできる。車両の乗り入れはしていない。
- 中心となる駅:金沢駅
- 隣接市町村への連絡
- 内灘町へ:北陸鉄道浅野川線
- 津幡町、野々市町、白山市へ:北陸本線
- 野々市町、白山市へ:北陸鉄道石川線
- 広範囲な連絡
- 北陸本線
- 北陸新幹線(開業予定)
航空路線
市内に空港は無いが、IATA都市コードは、QKWが、あてられている。金沢駅から連絡バスで約40分の小松空港から,東京・羽田便11便、成田便1便、札幌便1便、仙台便1便、福岡便3便、沖縄便1便、ソウル便週4便、上海便週2便が就航。
路線バス
地下鉄のない金沢市では最大の公共交通機関。 最大の収益源である金沢駅-小松空港間の連絡バスを始め、金沢市内中心部にくまなく、都市型の路線網をもつ。 市内の観光用には特製のボンネットバスを配した城下まち金沢周遊バスが15分間隔200円で走り、観光客に好評。市内定期観光バスのガイド出身の女性運転手が乗務につく事が多い。 高速バスは東京・大阪・名古屋・京都・横浜・八王子・仙台・新潟・富山・高山・松本と可能性のある都市のほとんどに参入を済ませている。 近年は、人件費圧縮のため、分社化をすすめている。2004年12月にICカード導入。
金沢駅-森本駅-福光駅間など市北部から富山県のみに系統をもつ。過去には福光以遠名古屋駅までと能登半島に長大な路線網があったが、いずれからも撤退した。現在は,高速バスの東京・大阪・京都・名古屋路線にも参入している。北陸鉄道グループと共同運行とせず参入した大阪線では市内の北陸鉄道バス停に停車できないものもあり今後の関係が注視される。
金沢市が運営し民間に委託運行させている旧市街の裏通りを経路としたコミュニティーバス。フォルクスワーゲン製のバスと100円の低料金が特徴。委託運行という形態のため北陸鉄道グループのバス路線とは、うまく棲み分けされている。 運賃の支払いに北陸鉄道のICカードが利用できる。
道路
船舶
- 金沢港
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名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
江戸時代に金沢城の庭園として作られた兼六園は、水戸の偕楽園、岡山の後楽園とともに日本三名園とされる。名称「兼六」の由来は、宋代の洛陽名園記が指摘する,庭園にとって両立しがたい6つの特性、宏大と幽邃、人力と蒼古、水泉と眺望を兼ね備えていることによる。
この兼六園から百間堀を隔てた金沢城跡には、当時の建造物のうち一部である石川門や三十間長屋などが現存している。この跡地には長らく金沢大学のキャンパスがあり、世界的に珍しい城の中の大学とされてきたが、最近までに郊外への移転を完了。それを契機に、一部の櫓が当時の技術のままに復元され,一般に公開されている。
市内中心部の長町には石畳に整備された路地に並ぶ武家屋敷跡に、よく手入れされた野村家庭園があり、加賀友禅の長町友禅館(旧彩筆庵)と並んで内部を拝観することができる。
市内には、犀川と浅野川の2つの対照的な川が流れている。とくに浅野川沿いの東山周辺、東の茶屋街(旧東の郭)には、江戸時代の遊郭に由来する古い町並みが残り内部を改装して飲食店などに再利用されているものもある。その背後にある卯辰山からは、市街地から遠く日本海までを見渡すことができる。
犀川からほど近い寺町の妙立寺は、内部に外敵を避けるための隠し通路や階段などの工夫が施されていることから「忍者寺」と呼ばれ、比較的若い観光客が絶えない。
この他、安江町の安江金箔工芸館では金箔の製造工程や箔打ちなどの実演を観ることができる。
寺社
- 金沢五社
- 宇多須神社(うたすじんじゃ)
- 小坂神社(こさかじんじゃ)
- 神明宮(しんめいぐう)
- 椿原天満宮(つばきはらてんまんぐう)
- 安江八幡宮(やすえはちまんぐう)
- その他の主な神社
- 寺院
- 天徳院
- 伏見寺
- 妙立寺
名産品
伝統工芸
出身有名人
その他
- 日本の音風景百選
- 本多の森の蝉時雨
- 寺町寺院群の鐘
