醍醐寺
Keywords: 醍醐寺, 874年, 世界遺産, 五大明王, 京都市, 伏見区, 修験者, 准胝観音, 古都京都の文化財, 如意輪観音
thumb|五重塔 醍醐寺(だいごじ)は、京都市伏見区醍醐にある真言宗醍醐派総本山の寺院。山号を醍醐山(深雪山とも)と称する。本尊は薬師如来、開基(創立者)は理源大師聖宝(しょうぼう)である。古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されている。伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ寺院である。豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地としても知られる。
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起源と歴史
醍醐寺の創建は貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝准胝観音(じゅんていかんのん)並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。
醍醐寺は山深い醍醐山頂上一帯を中心に、多くの修験者の霊場として発展した後(この場所を「上醍醐」と呼称する)、醍醐天皇は醍醐寺を自らの祈願寺とすると共に手厚い庇護を掛け、その圧倒的な財力によって醍醐山麓の広大な平地に大伽藍「下醍醐」が発展することになる。
伽藍
thumb|金堂 上醍醐と下醍醐は険しい山道で隔たれ、徒歩で1時間は要する(上醍醐は西国三十三箇所第11番札所であるが、西国一険しい札所でもある)。上醍醐には有名な「醍醐水」が今も湧き出ているほか、平安時代のままに残る国宝の薬師堂、醍醐寺の鎮守神である清瀧権現(せいりゅうごんげん)拝殿(国宝)などが険しい山あいに立ち並ぶ。
下醍醐には本尊薬師如来を安置する「金堂」、「三宝院」などを中心に、上醍醐とは対照的な絢爛な大伽藍が広がる。しかし壮大な下醍醐の伽藍は応仁の乱によってほぼ全焼し、その後も幾度の火災によって焼失・再建を繰り返しているが、護摩道場前にそびえ立つ五重塔は奇跡的に創建当時のまま現在に残る。また五重塔内部に描かれた壁画も国宝に指定されており、中でも空海の肖像画は同人を描いた現存する最古のものである。
年中行事
醍醐寺の主な行事としては、醍醐派が本家である壮大な屋外大護摩柴燈護摩(さいとうごま)を中心とした施餓鬼法要が8月に厳修されるほか、2月には同様に柴燈護摩を炊き上げて五大明王の功徳を讚える「五大力尊仁王会」(ごだいりきそんにんのうえ)が厳修され併せて150キロ近い巨大な鏡餅を持ち上げる力比べが行われることで有名。また4月には豊臣秀吉の「醍醐の花見」にちなんで現在も全山を揚げての花見会が開催される。
文化財
国宝
- 金堂
- 五重塔
- 薬師堂
- 清滝宮拝殿
- 三宝院唐門
- 三宝院表書院
- 木造薬師三尊像
- 絵因果経
- 閻魔天像
- 五大尊像
- 文殊渡海図
- 訶梨帝母像
- 五重塔初層壁画
- 理源大師筆処分状
- 大日経開題
- 狸毛筆奉献表
- 後宇多天皇宸翰当流紹隆教誡
- 後醍醐天皇宸翰天長印信
