読売新聞
Keywords: 読売新聞, 11月15日, 11月25日, 11月2日, 11月3日, 12月1日, 12月26日, 1874年, 1917年, 1924年
英国タイムズ紙と特約契約を交わした。
| 目次 |
歴史
- 1874年(明治7年)11月2日 合名会社「日就社」から「讀賣新聞」創刊
- 1917年12月1日 商号を「日就社」から「読売新聞社」に改称。
- 1924年2月25日 経営難から、前警視庁警務部長、後の衆院議員、そして戦後はA級戦犯に指定され不起訴となった政商正力松太郎が買収。
- 1925年11月15日 「よみうりラヂオ版」新設(テレビ・ラジオ欄=番組表の先駆け)。
- 1934年12月26日 大日本東京野球倶楽部(現:読売ジャイアンツ)創設。部数拡大に大きく貢献する。
- 1942年8月5日 報知新聞社を合併。「讀賣報知」に改題。
- 1946年5月1日 題号「讀賣新聞」に復帰。
- 1950年6月1日 読売新聞社が株式会社に改組。
- 1952年11月25日 大阪市で「大阪讀賣新聞」創刊、関西に進出。
- 1959年5月1日 札幌市に北海道支社開設。現地印刷開始。
- 1961年5月25日 富山県高岡市に北陸支社開設。現地印刷開始。
- 1964年9月23日 北九州市に「読売新聞西部本社」設立。現地印刷開始。
- 1975年3月25日 名古屋市で「中部讀賣新聞」創刊。
- 1977年 発行部数で朝日新聞を抜き、日本一となる。世界でもソ連(現:ロシア)のプラウダなどを抜いて一位に。
- 1979年 渡邉恒雄(現読売新聞グループ本社会長)が論説委員長に就任。
- 1988年6月1日 中部読売新聞社が読売本体と合併し読売新聞中部本社となり、題号から「中部」外れる。
- 1994年11月3日 当時の社長である渡邉恒雄の下で、主要なマスコミで初めて「憲法改正試案」を発表して、憲法の改正を主張。憲法について再考する一つのきっかけになった。
- 1999年2月1日 経営難の中央公論社を買収し、中央公論新社を設立。
- 2000年12月1日 紙面の文字拡大。「第二次文字拡大ブーム」に火を付ける。
- 2002年7月1日 グループ再編。株式会社読売新聞社を株式会社読売新聞グループ本社(グループ持株会社)と株式会社読売新聞東京本社に、株式会社よみうりを株式会社読売新聞西部本社と株式会社読売巨人軍に会社分割。中部本社はよみうりから読売新聞東京本社に分割承継。大阪本社(株式会社読売新聞大阪本社)も株式交換により読売新聞グループ本社の完全子会社に移行。
- 2004年1月1日 読売新聞西部本社が北九州市から福岡市に移転。
- 2004年12月1日 朝刊連載の4コマ漫画「コボちゃん」が、日本の全国紙の4コマ漫画では初めてカラー化(中部支社発行版など一部地域を除く)。
紙面・論調
紙面の編集方針や論調は保守主義だが、かつては中道だった。
なお、政府の政策に関し、官庁のレクチャーどおりの記事を掲載し、それに対する問題点の指摘や、新聞社独自の見解が著しく薄いのも、この新聞の特徴である。
注目を集めた報道
一マスコミとしては初めての問題提起である「憲法改正草案発表」記事で物議を醸す。
読売争議
1945年11月から1946年10月にかけて、2度にわたって起こった争議。一時的とはいえ、労働組合側が新聞の発行権を握った。
疑義が持たれた報道、スキャンダル
2004年11月5日、渡邉恒雄の名義とされる日本テレビ株が讀賣新聞社の実質所有する株式である事を公表し有価証券報告書を訂正。これを受けて地方のテレビ局二十四社とラジオ局十八社の株式を役員などの第三者の名義で実質保有している事も公表した。その結果、テレビ9社とラジオ3社に対する出資比率がマスメディアの集中排除の原則における制限を越えていた事実が明らかになる。その後、第三者名義にして制限を逃れる行為は他の全国紙や地方紙でも行われていた事が次々に発覚する。
発行部数1000万部の裏事情
「押し紙」というものが存在する。これは新聞社が年間販売目標を半強制的に決め、これを新聞販売店に押し付けることを言う。
実際の販売数を上回る新聞が販売店には押し付けられており、販売店は余分な新聞の代金まで新聞社に払う羽目になるが、「押し紙」を断れば店主はクビになるし、拡張費をつぎ込むよりは、本社から送られてくる部数に応じて支払われる折込広告費を残紙の分までもらった方が採算が取れるため、販売店側は断れないという。
最近は押し紙代が折り込み広告費を上回る例もあり、押し紙を断った販売店が本社販売局から改廃(契約解除―閉店)させられる事態も起きているという。新聞の発行部数は本社から販売店に送られた分を指すが、「押し紙」が存在する以上、現実の購読部数はずっと少ないと見てよい。
このような問題を抱えていない新聞社は絶無だが、発行部数1000万部死守を至上命令とする読売新聞においては特に深刻だと言われる。発行部数1000万部は単に収益をもたらすだけでなく、それを自分の代で達成した渡邉恒雄社長への求心力の源泉になり得るし、さらには各界に影響力を行使するための手段にもなり得ると言える。(ちなみに読売新聞販売店の強引な勧誘もそういった行為の表れであると思われる)なお、余った新聞紙は製紙工場へ送られ、再生紙になる他、半面大に裁断され100円ショップでガラス器・陶器など易損品を包むのにも使われているらしい。
この問題が表面化したため、近日中に発行部数ではなく実売部数によって量る制度に変更される事になっている。
「社会部王国」
黒田軍団
読売新聞は、かつて本田靖春(東京本社)、黒田清(大阪本社)といった辣腕記者を社会部に擁し「社会面に強い」と言われた。とりわけ大阪社会部はコラム「記者の窓から」、長期連載「戦争」を拠点に、社会的弱者の視点に立つ特集記事を数多く発し、黒田が部長になってのち社会部は“黒田軍団”の尊称を以って呼ばれた。しかし1980年代に社内で渡邉恒雄らによる保守的思潮が主流になると圧力が高まり、1987年に黒田は退社に追い込まれた。渡邉に追われた記者は数多いが、渡邉が直接手を下すのではなく、渡邉の意を呈した周囲が該当する記者を左遷したり、仕事を取り上げたりして、退社に追い込むのが常であったと言われている。
「人が死んでんねんで」
JR福知山線脱線事故関連の記者会見である意味一番注目されたのは、大阪社会部の遊軍記者(記者クラブに属さず、大事件の際には本社から応援で駆けつける)であった竹本文之のヒゲ面の風貌とマスコミ人とは思えない罵声であった。
竹本が一躍注目を浴びたのは、5月4日未明からの会見(ボウリング大会や懇親会を開いていた問題に関する会見)だった。机をバンバン叩きながら「人が死んでんねんで」「あんたら、もうええわ、(社長を)呼んで」「あんたらは107人、殺したんやぞ」などとJR西日本幹部に罵声を浴びせた。竹本は会見後「いやぁ、吊るし上げるのにも体力がいるなぁ」と嬉々として漏らし、他社の記者の失笑を浴びた。この様子が5月5日のワイドショーやテレビ朝日の「報道ステーション」などで繰り返し流され、産経新聞は5月7日付けの朝刊で自戒を求める記事を掲載した。番組を見た視聴者や読者が大阪本社等に抗議をし、大阪本社では抗議を受けて5月6日から竹本を会見場に送り込むことを自粛したが、2日後の5月8日にはヒゲを剃って早々と復帰。しかし、会見場で「罵声禁止令」が出されたこともあり終始不機嫌で、居合わせた週刊新潮の取材にもノーコメント。週刊新潮では「ヒゲが無ければ虚勢も張れないようだ」と断じた。
読者・視聴者からの抗議の殺到や、他のマスコミが竹本に関する冷ややかな報道を始めたこともあり、大阪本社では5月12日、谷高志社会部長の名前で「記者モラルを逸脱していた」との謝罪記事[1] を掲載した。
マスコットキャラクター
- 2004年1月、読売新聞の創刊130周年を記念して、アニメーション作家で映画監督の宮崎駿(スタジオジブリ)の作による、「目玉の中に忍び込む昆虫」を表した新マスコットキャラクターを発表。名前は、2004年7月、一般公募によって「どれどれ」という名前が付いた。
- 「どれどれ」の特長
- 「大きな眼」は、将来を見通し、先見性を持って報道にあたる読売新聞の基本方針を示している。新聞を読んでいるのは活字を大切にする姿勢を、緑色は環境を大切にする姿勢を象徴している。
- 「どれどれ」は、旺盛な探究心、好奇心を象徴する言葉である。
- ちなみに、宮崎駿は読売系列の日本テレビ放送網のマスコットキャラクター「なんだろう」も手掛けた。
アメリカ大リーグへの広告掲示
- 2004年、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地球場であるヤンキースタジアムのライトスタンドのフェンスに「読売新聞」の日本語広告の看板を掲示して話題になった。一部では日本語の広告看板を出すのはベースボール文化の伝統に反するという意見もあったともいわれている。
発行所
- 東京本社 東京都千代田区大手町1-7-1
- 北海道支社 札幌市中央区北四条西4-1
- 北陸支社 富山県高岡市下関町4-5
- 中部支社 名古屋市中区栄1-17-6
- 大阪本社 大阪市北区野崎町5-9
- 西部本社 福岡市中央区赤坂1-16-5
- 北九州総本部 北九州市小倉北区米町2-1-1
- 札幌、高岡、名古屋は2002年7月に持株会社化で再編成された読売新聞東京本社傘下の支社。
- 印刷工場
対象地域
- 東京本社:東北、関東、甲信越、静岡県
- 北海道支社:北海道
- 北陸支社:北陸(福井県を除く)
- 中部支社:東海(静岡県、三重県の一部を除く)
- 大阪本社:近畿、中国(山口県、島根県石見地方を除く)、四国、福井県、三重県(伊賀・熊野地方)
- 西部本社:九州(沖縄県含む)、山口県、島根県石見地方
- 北海道(石狩支庁、上川支庁、空知支庁、後志支庁、胆振支庁、日高支庁)、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、富山県、石川県、静岡県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、山口県、福岡県、佐賀県、大分県、沖縄県では、一部地域を除いて朝夕刊セット。その他の県は朝刊統合版だが、特に中部支社版のみは対象地域全域が朝刊単独(但し、静岡県向けの夕刊は中部支社で印刷しトラック輸送している)。
- 中部支社版の紙齢(創刊からの号数)は、2002年6月30日付までは「中部読売新聞」として創刊された時からの紙齢だったが、同年7月1日付から、東京本社の支社になったのに伴い、東京本社版と同じ紙齢になった。ちなみに、「中部読売新聞」が「読売新聞」になるまでの1988年5月31日付まで、東京本社が愛知県、岐阜県、三重県向けの地方版「中京版」を発行していた(中京版のテレビ・ラジオ欄は静岡県遠州版と共有だった)。
関連紙・雑誌
読売グループの企業・団体
- 中央公論新社
- 読売巨人軍
- 読売日本交響楽団
- 日本テレビ放送網(日テレ、NTV)
- 讀賣テレビ放送(よみうりテレビ、YTV)
- よみうりランド
- よみうり建設
- よみうりスポーツ
- よみうり開発
- プランタン銀座
- 読売ゴルフ
- 読売旅行
関連放送事業者
- 札幌テレビ放送(STV) - 三井観光開発の関連会社
- テレビ岩手(TVI) - 朝日新聞グループも出資
- 宮城テレビ放送(MMT) - カメイの関連会社
- 福島中央テレビ(FCT) - 朝日新聞グループも出資
- テレビ新潟放送網(TeNY)
- テレビ金沢(KTK) - 北国新聞系列
- テレビ信州(TSB) - テレビ朝日・松本電気鉄道も出資
- 静岡第一テレビ(SDT)
- 中京テレビ放送(CTV) - 日本テレビの関係会社
- 日本海テレビジョン放送(NKT) - フジテレビが第二位株主
- 広島テレビ放送(HTV)- 日本テレビが主要株主。中国新聞とも親密。
- 山口放送(KRY) - もともと朝日新聞・朝日放送に近かったが、近年読売グループに接近。中国新聞とも親密。
- 西日本放送(RNC) - 日本テレビが筆頭株主だが、読売新聞自体は上位10位以内の大株主に入っていない。四国新聞傘下
- 高知放送(RKC) - 日本テレビが筆頭株主だが、読売新聞自体は上位10位以内の大株主に入っていない。高知新聞の傘下
- 福岡放送(FBS) - 西日本新聞にも近い。
- 長崎国際テレビ(NIB)
- 熊本県民テレビ(KKT)
- テレビ大分(TOS) - 西日本新聞・フジサンケイグループらとの合弁
- テレビ宮崎(UMK) - 宮崎日日新聞の系列会社
- 鹿児島讀賣テレビ(KYT) - 本坊グループ
- 名古屋テレビ放送(メ~テレ、NBN) - トヨタ自動車・テレビ朝日系だが、読売新聞と日本テレビが大株主の中に入っている。また、読売新聞とともに日本テレビの大株主である。
- 秋田朝日放送(AAB) - 上位10位以内に入る大株主。筆頭株主は朝日新聞。
その他にもフジテレビジョンも出資。
- ※以上の5社は、フジテレビ系列だが、読売新聞が大株主の中に入っている。
- チューリップテレビ(TUT) - TBS系列だが、読売新聞が大株主の中に入っている。
- テレビ高知 - TBS系列だが、読売新聞が朝日新聞とともに大株主の中に入っている。
- CS日本 - 日本テレビの関係会社
- アール・エフ・ラジオ日本 - 日本テレビの関係会社
- FM802 - JFL加盟のFM放送局。産経新聞と親密で、ともに1割出資の筆頭株主
参考文献
- 「第一篇 労働争議 第二章 主要な争議 第一節 読売新聞社の争議」『日本労働年鑑 第22集/戦後特集』1949年 法政大学大原社会問題研究所/第一出版
- 魚住昭『渡邊恒雄 メディアと権力』2003年 講談社 (ISBN 4062738112)
- 佐野眞一『巨怪伝―正力松太郎と影武者たちの一世紀』2000年 文芸春秋(ISBN 4167340038―上)(ISBN 4167340046―下)
在籍していた著名人
- 芦辺拓(推理作家)
- 大岡信(詩人)
- 大谷昭宏(ジャーナリスト)
- 小倉貞男(ジャーナリスト)
- 佐野洋(推理作家)
- 塩田丸男(作家)
- 杉下恒夫(JICA客員国際協力専門員)
- 高井潔司(北海道大学教授)
- 本田靖春(ジャーナリスト、ノンフィクション作家)
- 山口正紀(ジャーナリスト)
