花園天皇
Keywords: 花園天皇, 11月11日 (旧暦), 11月16日 (旧暦), 1297年, 12月28日, 12月2日, 1308年, 1310年, 1311年, 1312年
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系譜
- 主な后妃、息子女
- 女院:藤原(正親町)実子(1297-1360)
- 第一皇女:寿子内親王(1318-1358)
- 第一皇子:覚誉法親王(1320-1382)
- 第二皇子:源性入道親王(業永親王)(1327-1353)
- 第三皇子:直仁親王(1335-1398)
略歴
天皇である期間は、前半は、父の伏見上皇が、後半は、後伏見上皇が院政を引いた。
退位後は、光厳天皇の養育を行ったり、禅宗の信仰に傾倒し、1335年に出家。
1348年、崩御。
歌道に優れ、京極派の重要なメンバーの一人であった。他にも『花園院宸記』と言う日記を残したり、読経・念仏をかかさなかったなど、文人肌で信心深かったと言われている。
在位中の元号
陵墓・霊廟
京都市東山区粟田口三条坊町の十楽院上陵(じゅうらくいんのうえのみささぎ)に葬られた。
