石油

Keywords: 石油, 17世紀, 1859年, 1973年, 1974年, 1996年, 2002年, アスファルト, アゼルバイジャン, アメリカ合衆国

石油(せきゆ)は、鉱物の一種で、炭化水素を主成分とする様々な物質が混じる液状ので、精製される前のものを特に原油(げんゆ)という。

石油は、広義には原油を原料として製造された燃料や石油化学製品のことも指し、日常生活では灯油を「石油」と呼ぶことも多い。

古くは石脳油(せきのうゆ)とも呼ばれた。

目次

石油の起源

生物由来説

大部分の地質学者は、石炭や天然ガスの様に、石油は太古の植生が地質学的タイムスケールで圧縮されて産出すると見ている。この説によると、石油は有史以前(古生代から中生代)の海洋生物や陸上の植物の遺がいから形成される。 この有機物は地中で混合され、幾世紀にもわたって厚い土砂の堆積層の下に埋没される。高温と高圧によって遺がいは変性する。最初は油母(kerogen)として知られているワックス状の物質に変わり、次いで液体やガスの炭化水素へと変化する。これらは貯留層と呼ばれ多孔質岩石に補足されるまで隣接する岩盤に沿って移動し、油田を形成する。液体は井戸掘りとポンプによりくみ上げられる。この由来から、石炭とともに化石燃料とも呼ばれる。しかし化石燃料と言われているのに、油田からくみ上げられる原油に化石は含まれず、石油は存在しないと言われていたスウェーデンの花崗岩の岩盤の下からも原油が採取された。また1度原油を産出しきった古い油田を改めて掘って見たら、油量が回復していたなど、依然石油に関しての謎は多い。

現在 最も有力な説

少数の科学者は、著名なのはThomas Goldであるが、石油の起源は無生物であると論じている。この説によれば、惑星(地球)内部には膨大な量の炭素が存在するのが自然であり、一部分は炭化水素の形で存在している。炭化水素は岩石よりも軽いので、地表へと染み出してくる。地底深く存在する微生物が種々の炭化水素へと変換し排出するというものである。 一度 枯れた油井もしばらく放置すると再び原油産出が可能となることが多くあることからも、現在 最も有力な説である。

また、新しい説が2003年のScientific American誌で発表され、それによると炭化水素は地球の内核で放射線の作用により発生するとされている。

成分

石油を構成する化学物質は、蒸留によって分けられる。原油はそれを精製した製品として、灯油、ベンゼン、ガソリン、パラフィンワックス、アスファルトなどを含む。厳密に言うと、石油は水素と炭素だけから構成される脂式炭化水素を要素とする。

まず示すのは、分子量が最小の4種の炭化水素で、すべてガスである。

  炭素数5~7の範囲の鎖状炭化水素は、完全に軽質で、蒸発しやすい透明な性質のナフサになる。 ナフサの留分は溶媒、ドライクリーニングの溶剤あるいはその他の速乾性の製品に用いる。

C6H14からC12H26までの鎖状炭化水素は配合調整されガソリンに用いられる。炭素数10~15の範囲の炭化水素からケロシンが作られジェット燃料に用いられる。炭素数10~20の範囲からディーゼル燃料(軽油)と灯油が、そして船舶のエンジンに用いられる重油と続く。これらの石油製品は常温で液体である。

潤滑油と半固体の油脂(ワセリンを含む)は、炭素数16から炭素数20の範囲である。

炭素数20以上の鎖状炭化水素は個体であり、パラフィンワックスを皮切りに、タール、アスファルトの順である。

常圧蒸留留分の名称と沸点(℃)を示す:

石油エーテル(petrol ether):40 - 70℃ (溶媒用)
軽ガソリン(light petrol):60 - 100℃ (自動車燃料)
重ガソリン(heavy petrol):100 - 150℃ (自動車燃料)
軽ケロシン(light kerosene):120 - 150℃ (家庭用溶媒・燃料)
ケロシン(kerosene):150 - 300℃ (ジェット燃料)
ガス油(gas oil):250 - 350℃ (ディーゼル燃料/軽油/灯油)
潤滑油:> 300℃ (エンジン・オイル)
残留分:タール、アスファルト、残余燃料

石油の歴史

19世紀まで

地下から湧く燃える水の存在は、古代から各地で知られていた。産地で燃料や照明に用いた例も多い。17世紀ルーマニア産の石油が灯油用に用いられており、品質の点で他の油より良いとされていた。しかし、大量生産はずっと後のことであった。

機械掘りの油井の出現が、石油生産の一大画期をなした。エドウィン・ドレークが1859年に採掘を始めたのが世界最初と言われる。が、別のところでもっと早くあったとする説もある。19世紀後半には、アメリカ合衆国ルーマニアロシアコーカサス地方が石油の産地であった。

第二次世界大戦まで

19世紀から20世紀半ばにかけて、生産だけでなく、消費側にも石油普及をうながす技術革新が続いた。内燃機関での利用である。19世紀末の自動車の商業実用化、20世紀初めの飛行機の発明は、ガソリンエンジンと切り離しては考えられない。船舶も重油を汽缶(ボイラー)の燃料にするようになった。

石油自体は珍しくないが、大量生産できる油田は少なく、発見が困難であったため、石油産地は地理的に偏った。戦車軍用機軍艦などの燃料でもあったことから、20世紀半ばから後半にかけて、石油は死活的な戦略資源となった。

20世紀前半には、ベネズエラインドネシアが石油の輸出地に加わった。

第二次世界大戦後

第二次大戦後、石油の新たな用途として、既に戦前に登場した化学繊維プラスチックが、あらゆる工業製品の素材として利用されるようになった。また、発電所の燃料としても石油が利用された。

戦後しばらくして、中東に大規模な油田が発見された。中東は優れた油田が多いだけでなく、人口が少なく現地消費量が限られているため、今日まで世界最大の石油輸出地域となっている。

石油の探査には莫大な経費と高い技術が必要となるが、成功時の見返りもまた莫大である。必然的に石油産業では企業の巨大化が進んだ。独自に採掘する技術と資本を持たない国では、巨大資本を持った欧米の少数の石油会社に独占採掘権を売り渡した。これによって石油開発の集中化はさらに進み、石油メジャーと言われる巨大な多国籍企業が誕生した。石油の大量産出によって安価な石油はエネルギー源の主力となり、エネルギー革命と呼ばれるエネルギー源の変化が生まれた。

しかし1970年代に資源ナショナリズムが強まると、石油を国有化する国が相次いだ。1973年から1974年には、第四次中東戦争アラブ石油輸出国機構がイスラエル支持国への石油輸出を削減し、オイルショックと世界的な不況をもたらした。

他にも世界各地で石油が採掘されるようになると、石油の戦略性は低下していった。石油の重要性は低下していないが、供給はかつてほど脆弱ではない。価格変動が景気にどの程度の影響を与えるかという程度になっている。

日本の石油事情

日本書紀には、越後国より天智天皇に「燃える水(燃水)」が献上されたという記述がある。今日の新潟県北蒲原郡黒川村より産したものであるとされる。自然にわき出た原油は「臭水(くそうず)」と呼ばれた。

現在では、新潟県・秋田県の日本海沿岸、および北海道などでごくわずかに原油が採掘されている。

一方で原油の輸入量は国内消費量全体の99.7%、2億5,460万キロリットルである。輸入相手国は上位よりアラブ首長国連邦サウジアラビアイランカタールクウェートなど中東地域からが全体の87%を占めている。国際情勢の影響を抑えるために、日本の商社などが海外で権益を取得し開発する「自主開発油田」(ここより産出する原油は「自主開発原油」)の開発が急がれている。自主開発原油は原油総輸入量の13%である(この段落の数値は2000年度)。

石油業界は1996年の特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)廃止、ついで2002年1月の石油業法廃止によって完全自由化されている。

日本の石油元売会社

以上の4グループに大別される。

石油化学製品

関連項目

主な産油国と油田 一覧

(数値は推定埋蔵量)

外部リンク

Keywords: 石油, 17世紀, 1859年, 1973年, 1974年, 1996年, 2002年, アスファルト, アゼルバイジャン, アメリカ合衆国