オイルショック

Keywords: オイルショック, 10月6日, 1973年, 1978年, イスラエル, イラン, イラン革命, インフレーション, サミット, テレビジョン

オイルショックは、1970年代に二度あった、原油価格高騰による経済混乱のことを指す。石油危機石油ショックとも称される。

第一次オイルショック

1973年10月6日第四次中東戦争が勃発。これをうけて16日に、石油輸出国機構(OPEC)に加盟のペルシア湾岸産油6カ国は、原油公示価格を21%引き上げと、原油生産の削減とイスラエル支援国への禁油を決定。さらに12月には,翌1974年1月より原油価格を2倍に引き上げると決定した。

石油価格の上昇は、エネルギーを中東の石油に依存してきた先進工業国の経済を脅かした。日本でも、ニクソン・ショックから立ち直りかけていた景気を直撃。便乗値上げが相次ぎ、急速にインフレが加速。国内の消費者物価指数で1974年は23%上昇。インフレ抑制のために公定歩合の引き上げが行われ、企業の設備投資などが抑制。結果1974年は-1.2%と戦後初めて、マイナス成長を経験し、戦後続いていた高度経済成長がここに終焉を迎えた。

トイレットペーパーや洗剤などほとんどの物資の買占め騒動(→)、デパートのエスカレータの運転中止などの社会現象も発生した。

また、省エネ対策の一環として深夜の電力消費を抑制しようと、ネオンの早期消灯やテレビジョン放送の深夜放送休止(NHKは日中の15時~16時30分ごろ、並びに深夜23時以後の放送を休止、民放も24時以後は放送休止となった)などの処置が取られた。(その当時の休止アナウンスの録音

第二次オイルショック

イラン革命により、イランでの石油生産が中断したため、需給が逼迫した。1978年末には、オペックが翌年よりの原油価格を4段階に分けて14.5%値上げすることを決定した。規模としては、第一次オイルショック並の原油価格の高騰であった。しかし、第一次での学習効果、省エネルギー政策の浸透、企業の合理化効果などにより日本経済は比較的軽微な影響で済むことができた。

オイルショックの与えた影響

先進国の経済が中東の石油に極端に依存していることが明白となった。中東以外での新しい油田開発、調査が積極的に行われるようになった。原子力や風力、太陽光など非石油エネルギーの活用の模索、また省エネルギー技術の研究開発への促進の契機ともなった。石油の備蓄体制を強化することも行われた。

フランスジスカールデスタン大統領の発案により、第一次オイルショック以降の経済の回復を主たる議題とした第一回の先進7カ国首脳会議(サミット)がフランスのランブイエ城で開催された。

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