横山ノック
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横山ノック(よこやま ノック、本名 山田 勇、1932年1月30日 - )は、お笑いタレント、元参議院議員、元大阪府知事。兵庫県神戸市出身。
見事な禿頭が印象的である。
秋田Aスケ・BスケのBスケに弟子入りし、秋田Kスケの名で漫才コンビ「秋田Oスケ・Kスケ」としてデビュー。 解散後、友人である関西テレビの石田プロデューサーのツテで彼の実父・横山エンタツに再入門。横山ノックの名で漫才コンビ「横山ノック・アウト」を結成。
解散後、1959年横山フック、横山パンチと漫画トリオを結成し、ニュース漫才で話題になった。 漫画トリオ結成当初は吉本興業に所属していたが、後にフリーとなり、東京新宿の松竹文化演芸場にも連続出演。同演芸場のレギュラーだった立川談志(当時・柳家こゑん)と兄弟分になる。
1968年に大阪府より参議院に当選。このころに漫画トリオを解散し、以後は『ノックは無用!』などのトボケ司会、参議院議員としては分かりやすい政治の広報として人気を博した。
1995年参議院議員を辞職の後、大阪府知事に当選。大阪府の赤字解消を目標としたが、1999年の2期目の選挙活動の際に女子大生選挙活動員へのセクハラが発覚し、2000年に辞職。
同年8月、女子大生に対する強制わいせつ罪により懲役1年6ヶ月・執行猶予3年の判決。
現在は活動を停止中だが、2004年に再びお笑いタレントとしての活動を再開予定。
かつての相方
- 秋田Oスケ 解散後、松竹芸能に移籍。平和日佐丸(三代目)と改名して平和ラッパ(初代)とコンビ結成。「ラッパ・日佐丸」の全盛期を築くが、ギャラの配分を巡って紛糾し、コンビを解消。のち自殺した。1966年以降の演芸ブームに登場した「ラッパ・日佐丸」の日佐丸は四代目である。
- 横山アウト 解散後、千日前・千日劇場の「センニチコメディ」に出演。コメディアンとなる。千日劇場閉鎖後は梅田トップホットシアターに出演。「コマ新喜劇」の常連となるが、同演芸場閉鎖と共に引退。息子は東京のコメディアン、田中章。
- 横山フック(初代) 漫画トリオ初期メンバー。売れ始めた頃、ノックの志向と異なったのか解任され、そのまま引退。
- 横山フック(二代目) 梅田OSミュージックのコメディアンをしていたところをスカウトされ、漫画トリオに合流。解散後青芝フックと改名し、高校の後輩、青芝キックと漫才コンビを結成。和光プロダクションに所属し、道頓堀角座を中心に活躍した。現在はコンビを解消し、単独で活動。
- 横山パンチ のちの上岡龍太郎。(上岡龍太郎の項を参照の事。)
