新約聖書

Keywords: 新約聖書, 1世紀, 2世紀, 50年, 66年, 70年, アラム語, イエス・キリスト, エルサレム教会, オリゲネス

新約聖書(しんやくせいしょ New Testament)は旧約聖書と並びキリスト教の聖典とされる27の文書。

内容はイエス・キリスト使徒の言行(言葉と行い)、各地の教会ないし個人への指示、の啓示とされる幻の記述(黙示録)からなる。

伝統的には、27文書すべてがイエスの直弟子およびそれに相当する地位にある者(使徒)の著述であり、遅いものでも1世紀末の作とされてきた。しかし現代の新約聖書学ではその伝承のほとんどが否定されており、諸文書の執筆の年代は、紀元50年頃から2世紀前半と類推される。

「新約」の呼称は、「旧約」に対して、神との新しい契約であることを意味し、2世紀から呼び習わされ始めた。全27文書が正典と確定されるのは、古代末期であり、それまでには新約の範囲をめぐる論争があった。この確定に到る論争を正典化という。新約正典に含まれなかった文書を新約外典・新約偽典と呼ぶ。新約の範囲は、旧約とは異なり、キリスト教全体において共通である。

イエスやごく初期のエルサレム教会が用いた言語はアラム語であったが、新約聖書の諸文書はギリシア語で書かれている。この事実は文書群の性格を示唆しており、後述するように、各文書が幾つかの異なる派・教団内で書かれたと考えられる。また正典を決定する際、その基準に曖昧な点があったため、新約聖書は統一された一つの思想に収斂しているわけではなく、(ある場合にはほとんど深刻なほど)お互いに齟齬・矛盾する点がみられる。

ギリシア語の定本としては長くテクスト・レセプトゥスが用いられたが、現在は新約聖書学の進展により歴史的意義以上のものをもたない。現在学術的にもっとも信頼がおける定本は通称ネストレ、ドイツ聖書協会発行の校訂版ギリシア語新約聖書である。

目次

成立過程

新約文書以前

イエス自身が書いたものを残しておらず、またそういうものが存在したという記録もない。イエスが文盲であった可能性もあるが、福音書に伝承されるイエス像はイエスがヘブライ語を読むことが出来たことを示唆する。当時のユダヤ社会では、情報は文字媒体より、口頭で伝えられる方が価値があると考えられていた。イエス自身や、または彼の弟子たちも、直接人々の前に立ち、自らの口で伝えることを活動の基礎においていたことが福音書から窺える。またさらに、イエスは形骸化した律法主義を批判していたので、形式主義に傾き易い文字というものに対して、そもそも否定的であった可能性がある。

初期のエルサレム教会でもこの事は引き継がれ(恐らく情報の独占という意味もあって)、彼らはほとんど執筆活動を行わなかったようである。エルサレムのみでなく、アラム語圏にもキリスト教会は存在したにもかかわらず、アラム語の文書は今日には伝わっていない。

新約文書の成立

新約中、最も執筆時期の早いと考えられているのが、パウロの第1テサロニケ書で、これが50年頃と推定されている。パウロにとって書簡というのは、当地にどうしても行けない時のやむを得ない手段であって、彼の主な活動はイエスと同様に、直接赴き、直接語りかけることだったという事実は押さえておく必要がある。パウロ自身、「文字は殺す」(※)と言っている(第2コリント書 3:6)。

※キリスト教徒の理解では、「文字は殺す」は 人を裁くために律法を用いる場合における律法のこと

最初の福音書である『マルコによる福音書』は、パウロとほぼ同時代の成立である(パウロより早い可能性もある)。これを執筆した人間の属していた集団(ギリシャ語を用いるヘレニスト)は、エルサレム教団のイエスの情報を独占していた直弟子たちに対し、イエスの言行を伝える文書を作成することにより、彼や彼らの持つ情報の価値を相対化したとも考えられる。

ユダヤ戦争(紀元66年70年)の混乱が収拾し始めた頃に、ギリシア語話者の間で、多くの文書が続々と成立し始めた。そのことは、イエスの直接の弟子がみな地上から消え、彼らが伝えたイエスの記憶を成文化することでどうにか留めようとした、という事情もあるが、それだけでは例えばパウロに擬した書簡群のような偽書の存在を説明しきれない。いま一つの理由は、権威に名を借りて文字に起こし、自らの主張を正当化、または権威付けることにあったと考えられる。

『マルコによる福音書』を参照しつつ『マタイによる福音書』などが成立するが、『マルコ』以降の作者は、自分に先行する福音書の存在を知っていた(福音書の項を参照)。それにもかかわらず、新たに福音書が執筆されたというのは、それぞれがそれ以前の福音書には必ずしも満足できなかったからであり、またその時代には、先行する福音書が、まだ手を加えることの許されないほどの絶対的権威を持っていなかったことをも示している。

新約文書の正典化

グノーシス主義による異端的な書物の出現、マルキオン派の独自聖書の制定が問題となり、正典を定める必要が生じてきたが、新約文書の正典化は、教会によって異なっていた。 例えば、アレクサンドリア学派の創始者オリゲネスは、「ヘルマスの牧者」や「バルナバスの手紙」など、現在正典に認められていない書物を正典扱いしていた。 現在の新約正典の確立は397年のカルタゴ地方会議が最初である。しかし、東方正教会において現在の新約正典の確定がされるのは(とくにヨハネの黙示録が正典として認められるのは)10世紀ごろになる。

外典と偽典

外典とは、正典化作業の過程においては聖書の一部と考えられたが、結局、聖書本文として採択されなかった文書をさす。新約聖書の各文書、特に年代の古いものは正典という意識を持って書かれたものとは考えがたく、一部の外典についても同じことがいえる。これに対して偽典とは、新約聖書がその権威を確立しつつあった時期に、(正典を意識して)新約聖書の著者を装うことで自らの主張に権威を与えることを図ったであろう、偽作文書をさす。たとえば「ラオディケア人への手紙」は真正パウロ書簡にある「ラオディケアの教会に手紙を送った」という一節によって、パウロの書簡を偽作したものである。

なお「ヘルマスの牧者」など使徒的文書は、早い時期に聖書とは分けて考える慣習が確立しているため、外典には数えない。また外典のなかにも「ヤコブ原福音書」のマリア伝のように、正統教義がそこから取材する文書も存在する。他方で現在では新約聖書の伝承された筆者はほとんどが史的事実としては否定されており、文献学的には、新約聖書正典と外典の違いは、教会の歴史的作業としての正典化がなされた折の教会の視点に大きく依存したといえる。

構成

全体は、「福音」の部(四福音書)と「使徒」の部(使徒言行録、書簡群、ヨハネの黙示録)の2部で構成され、これは旧約の「律法」と「預言者」の2部構成に倣ったものと思われる。

最初に置かれるのが福音書である。福音書は、イエスの言行を報告するという形式をとった文書のことで、新約聖書には4つの福音書が収められている。今日では、マタイ福音書、マルコ福音書、ルカ福音書、ヨハネ福音書という配列が主流だが、歴史的に不動であったわけではない。

次に「使徒言行録」(伝統的呼称は使徒行伝)が置かれる。これは本来ルカ福音書の続きだったもので、四福音書とあわせて、歴史書として扱われる。

続いて、計20書の書簡群。最初にパウロによる13の書簡(パウロ書簡)が来る。今日、ローマ書、第1・第2コリント書、ガラテヤ書、ピリピ書、第1テサロニケ書、ピレモン書の計7書がパウロの真正の書簡と考えられているが、異論もある。残りの6書は偽作で、第2パウロ書簡群とも呼ばれる。第1・第2テモテ書とテトス書は牧会書簡と呼ばれる。ヘブライ書は署名が無いため、さまざまな帰属があるが、パウロ書簡に含める場合もある。ほかに他の使徒の書簡があり、これら(ヤコブ書、第1・第2ペトロ書、第1・第2・第3ヨハネ書、ユダ書)は公同(公会)書簡と呼ばれる(いずれも今日の聖書学では偽作と考えられている)。

書簡の配列は東西教会で異なり、西方では使徒言行録の後にパウロ書簡・牧会書簡ほかのパウロ書簡・公同書簡の順でおくが、東方では使徒行録の後に公同書簡・パウロ書簡(牧会書簡・ヘブライ書を含む)をおく。

最後に黙示文学である「ヨハネの黙示録」が置かれる。

文書一覧

口語訳 文語訳 英語 ギリシャ語 ラテン語
マタイによる福音書マタイ傳福音書MatthewΚατά Ματθαίον ΕυαγγέλιονEvangelium secundum Matthaeum
マルコによる福音書マルコ傳福音書MarkΚατά Μάρκον ΕυαγγέλιονEvangelium secundum Marcum
ルカによる福音書ルカ傳福音書LukeΚατά Λουκάν ΕυαγγέλιονEvangelium secundum Lucam
ヨハネによる福音書ヨハネ傳福音書JohnΚατά Ιωάννην ΕυαγγέλιονEvangelium secundum Ioannem
使徒行伝使徒行傳ActsΠράξεις των ΑποστόλωνActus Apostolorum
ローマ人への手紙ロマ人への書RomansΠρος Ρωμαίους ΕπιστολήEpistula ad Romanos
コリント人への第一の手紙コリント人への前の書1 CorinthiansΠρος Κορινθίους Α' ΕπιστολήEpistula I ad Corinthios
コリント人への第二の手紙コリント人への後の書2 CorinthiansΠρος Κορινθίους Β' ΕπιστολήEpistula II ad Corinthios
ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への書GalatiansΠρος Γαλάτας ΕπιστολήEpistula ad Galatas
エペソ人への手紙エペソ人への書EphesiansΠρος Εφεσίους ΕπιστολήEpistula ad Ephesios
ピリピ人への手紙ピリピ人への書PhilippiansΠρος Φιλιππησίους ΕπιστολήEpistula ad Philippenses
コロサイ人への手紙コロサイ人への書ColossiansΠρος Κολοσσαείς ΕπιστολήEpistula ad Colossenses
テサロニケ人への第一の手紙テサロニケ人への前の書1 ThessaloniansΠρος Θεσσαλονικείς Επιστολή Α΄Epistula I ad Thessalonicenses
テサロニケ人への第二の手紙テサロニケ人への後の書2 ThessaloniansΠρος Θεσσαλονικείς Επιστολή Β΄Epistula II ad Thessalonicenses
テモテへの第一の手紙テモテ人への前の書1 TimothyΠρος Τιμόθεον Επιστολή Α΄Epistula I ad Timotheum
テモテへの第二の手紙テモテ人への後の書2 TimothyΠρος Τιμόθεον Επιστολή Β΄Epistula II ad Timotheum
テトスへの手紙テトスへの書TitusΠρος Τίτον ΕπιστολήEpistula ad Titum
ピレモンへの手紙ピレモンへの書PhilemonΠρος Φιλήμονα ΕπιστολήEpistulam ad Philemonem
ヘブル人への手紙ヘブル人への書HebrewsΠρος Εβραίους ΕπιστολήEpistula ad Hebraeos
ヤコブの手紙ヤコブへの書JamesΙακώβου ΕπιστολήEpistula Iacobi
ペテロ第一の手紙ペテロの前の書1 PeterΑ΄ Πέτρου ΕπιστολήEpistula I Petri
ペテロ第二の手紙ペテロの後の書2 PeterΒ΄ Πέτρου ΕπιστολήEpistula II Petri
ヨハネ第一の手紙ヨハネの第一の書1 JohnΙωάννου Α΄ ΕπιστολήEpistula I Ioannis
ヨハネ第二の手紙ヨハネの第二の書2 JohnΙωάννου Β΄ ΕπιστολήEpistula II Ioannis
ヨハネ第三の手紙ヨハネの第三の書3 JohnΙωάννου Γ΄ ΕπιστολήEpistula III Ioannis
ユダの手紙ユダの書JudeΕπιστολή ΙούδαEpistula Iudae
ヨハネの黙示録ヨハネの默示録RevelationΑποκάλυψις ΙωάννουApocalypsis Ioannis
  1. 新共同訳は例えば、口語訳の「使徒行伝」は「使徒言行録」、「ローマ人への手紙」は「ローマの信徒への手紙」などという名前になっている。固有名はほとんど同じか、違っても類推できるので併記しなかった。ちなみに違っているのは「エペソ」が「エフェソ」、「ピリピ」が「フィリピ」、「ピレモン」が「フィレモン」、「へブル人」が「ヘブライ人」、「ペテロ」が「ペトロ」に変わっている。
  2. 英文の正式名称は、たとえば「マタイによる福音書」の場合は"The Gospel According to MATTHEW"と呼ぶことになっているが、上の表に挙げたのは目次に載っている項目なので、これだけで通用する名称となっている。
  3. ギリシャ語の名称について、詳しくは外部リンクBlue Letter Bibleを参照。英語聖書の1節毎に各単語の原語とその意味を表示。コンコルダンスもある。ヘブライ語、ギリシャ語は画像で表示するのでフォントをインストールする必要はない。
  4. もともと個々の文書名があったわけではなく、正典化する過程で便宜上の名称として付けられ、筆写を繰り返すうちに名称が固定していったのであろう。

正典

(表記は「ヘブライ書」を除いて、口語訳に従う。括弧内は略称)

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参考文献

外部リンク

Keywords: 新約聖書, 1世紀, 2世紀, 50年, 66年, 70年, アラム語, イエス・キリスト, エルサレム教会, オリゲネス