手話

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手話しゅわ)とは、主に手指動作を中心とし、さらに非手指動作(NMS, non-manual signals)を使う視覚言語である。手話は聴覚障害者が中心となって、音声言語の代わりとして使う。

手話はを使う手指動作だけでなく、非手指動作と呼ばれる、顔の部位(視線、眉、頬、口、舌、首の傾き)が重要な文法要素となる。この非手指動作によって、受身、使役、命令、疑問文、条件節などの文法的意味を持たせることが出来る。

手話は「あいうえお…」の五十音、又はアルファベットをあらわす指文字とは区別され、「山」「犬」「走る」「美しい」などの名詞動詞形容詞を一動作であらわすのが基本である。聴者が普段する身振り(例えば日本では「男」を親指で、「女」を小指で示すなど)と共通した表現も見られる。

目次

日本の手話

日本では、日本のろう者同士の間で生まれ、広がった日本手話(Japanese Sign Language, JSL)のほか、日本語と手話とをほぼ一対一に対応させた日本語対応手話(日本語手話)が使われている。日本手話は、基本文法が日本手話そのものなので、非手指動作が重要な意味を持つ。しかし、日本語対応手話は、基本文法が日本語のため、非手指動作はほとんど使われない(日本語にあわせて手話単語を表現する)。このように、言語学的な観点でみると両者は異なる。

また、地域によって一部の手話単語が異なる。有名な例(手話単語の方言)では、「名前」の手話単語が東日本と西日本で異なることが挙げられる。

世界の手話

手話は全世界共通ではなく、フランスのLSF、イギリスのBSL、アメリカの ASL等のように各国で異なる。

世界ろう連盟主催の国際会議、国際大会など、国際的な場では国際手話が使われる。しかし、実際の国際交流の場ではASLが一番広まっている。その理由は、アメリカの影響力や、ギャローデット大学がアメリカに所在しているためである。

アメリカには、ASLの表現を借りて、英語の語順と同じにした手話『Pigeon Singed English, PSE』がある(日本で言えば、日本語対応手話となる)。

手話の歴史

手話の誕生

1760年以前は、「孤立」していた聴覚障害者は、ごく身近な人だけにしか通じない『ホームサイン』を使ってわずかな意思疎通をはかっていた。

1760年、ド・レペ神父が世界初の聾唖学校である、パリ聾唖学校を設立した。ここで世界で初めての聴覚障害者の「集団」が形成された。彼らは、各々持っていたホームサインを統合し、発展させて、手話を創り上げた。パリ聾唖学校では、手話をもとにした教育法である、フランス法が確立された。

パリ聾唖学校の試みは、ヨーロッパ各地に波及していき、各国独自の手話が創り上げられた。

1778年ライプチヒ(ドイツ)、1779年ウィーン(オーストリア)、1783年ハックニー(イギリス)、1784年ローマ(イタリア)、1790年フローニンゲン(オランダ)、1793年トゥルネ(ベルギー)、1795年マドリード(スペイン)、1806年サンクト・ペテルブルク(ロシア)、1807年コペンハーゲン(デンマーク)、1808年ストックホルム(スウェーデン)、1811年イヴェルドン(スイス)、1817年ハートフォード(アメリカ)、1823年リスボン(ポルトガル)】

日本の最初の聾学校は、古川太四郎が1878年に設立した京都盲唖院である。ここに31名の聾唖生徒が入学し、日本の手話が誕生した。

手話の暗黒時代

しだいに聾学校では、手話で教育する方式と、口話法という、聾児に発音を教え、相手の口の形を読み取らせる教育方式の2つの流派に分かれていった。両者は長い間論争し、対立していた。

1880年ミラノで開かれた国際聾唖教育会議で口話法の優位性が宣言され、手話法や手話は陰の立場に追いやられていった。口話法が採られた背景には、国家強化には言語の統一から、つまり、教育の場では音声言語獲得からという思想があった。この宣言は、やがて日本にも入ってきて、日本も口話法が主流になっていった。

この状態が長く続き、手話は教育の場で、そして社会で認められない、偏見を持たれる言語となった。しかし、手話は、聾学校内では教師の見てないところで先輩から後輩へ伝承されていった。又、社会内では聴覚障害者が集まる場でひそかに使われていた。

手話の再評価

1960年にギャローデット大学の言語学者ウィリアム・ストーキー(William Stokoe)は『手話の構造』を発表した。これは手話は劣った言語ではなく、音声言語と変わらない、独自の文法を持つ独立言語であるという内容だった。これをきっかけにして1970年代以降、手話を言語学としての研究対象とする学者が増えた。現在では、言語学者の間で「手話が言語である」というのは常識になっている。

同時期に、口話法での教育の行き詰まりも各地で報告されるようになっていた。また、北欧で発生していったバイリンガル教育法が刺激となり、手話法の見直しがなされた。現在では、教育機関では程度はあれど、手話法を取り入れるところが増えていった(口話法のところもある)。

ろう文化という考えがきっかけとなり、手話はろう者の言語であるということをろう者自身が認識していくようになった。

1995年、日本テレビ系列『星の金貨』がきっかけとなって、それ以降手話ドラマが増えた。

その他の手話

関連項目

外部リンク

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