尾張国

Keywords: 尾張国, 1143年, 1165年, 1586年, 7世紀, を, 一の宮, 一宮市, 中世, 中区 (名古屋市)

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尾張国(おわりのくに)は、日本のかつての地方行政区分である国の一つで、東海道に位置する。ほぼ現在の愛知県西部に相当する。 尾州 (びしゅう) と呼ぶこともある。

right|尾張国位置図

目次

沿革

7世紀に成立した。北隣の美濃国とは木曽川を国境とした。この点で現在の愛知県と岐阜県の県境と同じだが、当時の木曽川は今より北を流れていたため、尾張国は愛知県よりは北に広かった。

木曽川は、豊臣政権時代の天正14年 (1586年) に氾濫してほぼ現在と同じ流路を流れるようになった。以前の木曽川と新しい木曽川にはさまれた地域と、新たに木曽川の中州になった地域は、これに伴って美濃国に移った。古い木曽川は境川下流となった。国を移った中洲は、現在の各務原市川島にあたる。

愛知県西部にありながらずっと尾張国に属さなかった地区に、現在の稲沢市祖父江町の一部がある。これは国の廃止後に市町村の境界変遷で所属する県が移ったものである。

国府、守護所、総社、一宮、国分寺

国府は地名を手がかりに2ヵ所が候補にあがっている。一つは稲沢市松下町及び国府宮(この二つは隣接している)の双方に国衙という小字があり、近辺が推定されている。数度の発掘調査が行われているが、木簡や銅印などは出土しているものの、遺構は発見されていない。また、もう一つは稲沢市下津に東国府、西国府の小字があり、近辺が推定されているが、発掘調査は行われていない。

鎌倉時代の守護所の位置は不詳だが、将軍の宿泊地に必ず萱津が当てられ、守護はその接待をした事からその近辺だという説がある。いつ頃からは定かでないが、室町時代には下津(稲沢市)にあった。

一の宮一宮市真清田の真清田神社である。1165年の史料に既に真清田神社が一宮として記載されている。一宮市の大神神社という説もある。二宮は大県神社で、1143年の史料に記述があり、一の宮もこの頃定まったと考えられる。三宮は名古屋市熱田神宮である。古代からの大社である熱田神宮が一の宮にならなかった理由は、当初、熱田神宮は伊勢国における伊勢神宮と同様に別格で一の宮とされなかったが、一の宮、二の宮が定められた後に、あとから三の宮として追加されたという説がある。四宮以下はない。

惣社は尾張大国霊神社である。

国分僧寺は最初は現在の稲沢市矢合町字稚ノ木にあった。伝承に基づき発掘調査を行ったところ、塔跡と金堂跡が発見された。日本紀略に火災があり、そのため、定額願興寺を国分寺としたとある。その定額願興寺の所在地として、名古屋市中区正木4丁目が比定されている。その後衰退して廃寺になっている事から、その後に国分尼寺が僧寺に転用されたという説もある。中世以降の国分僧寺については不詳。国分尼寺は稲沢市法花町と推定されている。法花町の法華寺がその名残とする説がある。

参考

和文通話表で、「」を送る際に「尾張のヲ」という。

関連項目

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