全日本女子プロレス
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全日本女子プロレス(ぜんにほんじょしぷろれす、正式名称全日本女子プロレス興業株式会社、通称全女)は、現存する中では、男子の団体も含め日本でもっとも歴史のあるプロレス団体。1968年6月4日に旗揚げ戦を行った。
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タイトル
- WWWA世界ヘビー級シングルベルト 通称赤いベルトと呼ばれる。
- WWWA世界ヘビー級タッグベルト 100代以上を数える伝統あるベルト。
- WWWAオールパシフィックベルト 世界ヘビー級に対して白いベルトと呼ばれる。
- WWWA世界スーパーライト級ベルト
- 全日本シングルベルト
- 全日本タッグベルト
- WWWA世界格闘技ベルト
歴史
市民会館などを中心に興行を行っていた。最盛期には年間興行数が200を超え、全団体でも最多であった。
ビューティーペアが女子高生を中心に大人気となりブームが起こる。プロレス版宝塚とも言うべきイメージが作られ、客層も一変する。
女子プロレス人気に着目してジャパン女子プロレスが作られる。
- 1987年試合中の事故で宇野久子(後の北斗晶)が首を骨折。
- 1989年クラッシュギャルズ引退後は冬の時代が訪れるもブル中野、アジャ・コングらヒールレスラーが激しい抗争を繰り広げる。
- 1990年、ユニバーサルプロレスリングの旗揚げ興行にアジャコング、バイソン木村、前田薫、高橋美華が出場、女性ならではの俊敏な動きが男子プロレスのファンに注目される。
- 1990年11月14日、ブル中野が金網デスマッチで金網の最上部からのギロチンドロップを放つ。
- 1992年FMWの女子選手が全女の興行に乗り込み挑戦状を叩きつけた事から団体対抗戦が盛り上がった。
- 1994年には女子プロレス初の東京ドームで興行を行うに至った。
この際にリレハンメルオリンピックの米国代表、トーニャ・ハーディング(英語)を獲得すると宣言したことから話題を呼んだが実現せず。女子アマレス協会もこの興行に協力し、山本美憂、浜口京子らが出場した。
- 1997年7月に山田敏代がGAEA JAPANに移籍。
- 1997年8月20日日本武道館での興行中に井上京子がフリー宣言。
- 1997年10月に手形不渡りによる銀行取引停止。この際に選手の大半は新団体を立ち上げるか、移籍した。
- 1998年30周年を記念興行、ビューティーペアなどOGが出席する。
- 2000年つんくのプロデュースによりキッスの世界(中西百重、高橋奈苗、脇澤美穂、納見佳容)がデビュー。
- 2001年脇澤美穂に変わって西尾美香がキッスの世界のメンバーとなる。
- 2002年豊田真奈美が全女退団。
- 2003年5月西尾美香の全女退団に伴い、キッスの世界解散。
- 2005年3月29日を最後に主催興行を停止、事実上の解散と発表。
主な全女出身のレスラー
全女でのデビュー年別。
昭和49年
- アイドルレスラーの草分け的存在。引退。
昭和50年
- マキ上田
- ビューティーペアを結成し一時代を築いた。ビューティーペアは第二十八回紅白歌合戦にも出場している。引退。
- ジャッキー佐藤
- ビューティーペアを結成し一時代を築いた。インストラクターとして活動していたが死去。
昭和52年
- 小柄ながら長期間王者として君臨しつづけた偉大な王者。引退後はコーチ業につき、J'dで一時現役復帰、同団体の選手を指導していた。現在も現役。
昭和53年
- ミミ萩原
- 元アイドル歌手のアイドルレスラー、オールパシフィック王者。引退後は新興宗教の教祖に。
- デビル雅美
- 全女退団後もレスラーを続け、26年以上も現役を続けているベテランレスラー。
昭和55年
- 長与千種
- クラッシュギャルズとして一世を風靡した。引退後芸能活動をしていたが復帰、GAEA JAPANを旗揚げし、2005年に再び引退。
- ライオネス飛鳥
- クラッシュギャルズとして一世を風靡した。一時レーサーを志していたが結局復帰し、2005年に再び引退。
- クラッシュギャルズと激しい抗争を繰り広げた。引退したが、窮地に陥った全女に特別出演している。
昭和56年
- 立野記代
- JBエンジェルスとして山崎五紀とともに活躍した。後にジャパン女子プロレスに移籍、現在はLLPWに所属。
- 山崎五紀
- JBエンジェルスとして立野記代とともに活躍した。引退。
昭和58年
- ブル中野
- クラッシュギャルズ引退後の全女を支えた。金網の上からのギロチンドロップは衝撃を与えた。プロレスを辞めた後、プロゴルファーを目指している。
昭和60年組
- 試合中、首の骨を折り長期欠場するも復活、デンジャラスクイーンと呼ばれるようになる、団体対抗戦時代には神取忍と血みどろの抗争を繰り広げた。
- プロレスラー佐々木健介の妻となり子供も出産するが現役ママさんレスラーとして活躍。引退後もマイクアピールの巧さを活かして、旦那の活動のサポートを行っている。
- みなみ鈴香
- 北斗晶と海狼組(マリンウルフ)を結成していた。北斗とともに豊田、山田と激しい抗争を繰り広げた。その後も中堅のポジションで、完成度の高いレスリングを披露するが首を痛めて引退。
- 堀田祐美子
- クラッシュから受け継いだ格闘路線の選手で、総合挌鬪技にも何度か出場している。1997年の選手大量離脱事件後も残留していたが、2003年にAtoZを旗揚げ。若手時代は西脇充子とファイヤージェッツを結成していた。
- 西脇充子
昭和61年組
- 本名宍戸江利花、父親が在日アメリカ軍の軍人。ブル中野と激しい抗争を繰り広げた。独特のキャラクターからCMなどにも出演している。
- 神谷美織
昭和62年組
- 豊田真奈美
- 柔軟な体と跳躍力を誇り、ゾンビとまで呼ばれるしぶとさを持つ。その華麗さとしなやかさから、最も女子プロレスラーらしいプロレスをするともいわれる。
- 1997年の選手大量離脱事件後の全女を支え続け、何度も王者についた。全女脱退後はフリーとして活躍。
- 回転してのフォール技や、日本海の名を冠した必殺技を多く持つ。
- 山田敏代
- 豊田真奈美の同期でライバルと言われていた。頸椎ヘルニアで長期欠場後復活し不死鳥と呼ばれた。
- 豊田とタッグを組んで王者となるも、シングルではライバルとして戦い続け、ついには豊田と髪切りデスマッチを行うに至った。
- 1997年の7月に退団しGAEA JAPANに移籍。居酒屋を経営しつつ現役を続行していたが、2004年限りで引退。
- 三田英津子
- 170cmを越える恵まれた体格を持つものの大して活躍できず、北斗晶に弟子入り。ラス・カチョーラス・オリエンタレスとして活躍した。現在はNEO所属。必殺技は元祖デスバレーボム
- 下田美馬
- 三田の後に続いて北斗晶に弟子入り。二人は北斗の脱退後もラス・カチョーラスとしてタッグで活躍、全女倒産後はフリーとして各団体から引っ張りだこだった。2003年に引退し、AtoZのエージェントマネージャーに就任したが、堀田に挑発されて復帰。
昭和63年組
- 井上京子
- そのプロレスセンスから天才とも言われるレスラー。楽しさと厳しさを併せ持つ名レスラーで全女離脱後は新日本女子プロレス(現NEO)を旗揚げする。
- 井上貴子
- デビュー前はモデルもしていたというアイドルレスラー。良くとおる声でマイクアピールも得意。井上京子とのタッグで第100代WWWAタッグ王者となった。
- 吉田万里子
- デビューまもなく首の負傷から二年近くの欠場をしていた。メキシコ留学もしており、ルチャを得意とする。1997年に離脱しARSION旗揚げに参加する。
平成元年組
- 長谷川咲恵
- ソバット、裏投げを武器に活躍。ドーム興行においては仮面を被りブリザードYuki(角川書店、少年エースの同名漫画とのタイアップ)としてデビューするもぱっとしなかった。既に引退済み。一時期アルシオンの広報も務める。
- 伊藤薫
- フットスタンプを得意とし、若手時代はピーターパンと呼ばれていた。選手の大量離脱後も全女に留まり、WWWAシングル王者にも就いた。2003年に退団しフリーとなる。時々覆面レスラーZAP-Iに変身する。
- 渡辺智子
- 素顔では正統派、覆面レスラーZAP-Tでは悪役とキャラクターを使い分ける。現在全女では最古参。
平成2年
- 前川久美子
- 蹴りの得意な選手で、新人時代に一度引退したが復帰した。テコンドーなども学んでいる。
平成4年
- チャパリータASARI
- 小柄ながら体操経験があり、デビュー前からオリジナルの空中技スカイツイスタープレスを準備していた変わり種。現役はすでに引退している。
平成8年
- 中西百重
- 倒産後の全女において活躍し、世界王者にもつく。小柄ながらもスポーツ万能な選手で2003年にフリーとなったが、2005年1月7日に引退。
- 高橋奈苗
- 中西百重との「モモナナ」で人気者になった。今の全女のエース。
- 脇澤美穂
- 納見佳容との「ミホカヨ」で人気者になった。2001年に引退。
- サソリ
- デビュー時から本名の藤井巳幸で正統派として戦っていたが、2003年にダンプ松本に弟子入りし、スキンヘッドに蠍のペイントを塗って変身。極悪同盟のメンバーになる。
平成11年
- デビュー時は本名の塩谷良美で戦っていたが、怪我をし退団したが、2002年12月に再デビューし、2003年1月に改名。
制度
松永一家
兄弟一族で全女を立ち上げ、運営している。兄弟には格闘技出身者が多く、柔拳興行(ボクシングと柔道の異種格闘技対決が売り物の格闘技興行)の経験者もいる。そのことからしばしば全女では異種格闘技戦が行われた。
地方興行
全女は全国津々浦々を巡業するスタイルで、最盛期には年間250試合近くも行っていたという、これは男子とくらべてもかなり多い数である。選手の知名度のみならず、緻密なスケジューリング、地元とのパイプがなければ難しく、既存の女子団体でこれを行えるのは全女くらいか。ハードな巡業は選手に雑草魂を植え付けるといわれている。
三禁
酒、煙草、男の三つを嗜んではいけないという掟。全女の選手には未成年も多いため、このようなルールができたと思われる。
25歳定年
かつては25歳の選手は全女から退団するという暗黙の了解があった。また年を取り人気の落ちた選手には、会社から有形無形のプレッシャーが掛けられ引退への道を進むこととなる。ブル中野がこれを破って現役続行したことから事実上はなくなった。
上下関係
いわゆる体育会系の厳しい上下関係があり、いじめなども有ったとされる。
毎年のように入団する選手が居た昭和60年代以降は、入団年によって昭和(平成)xx年組と分けて呼称されていたが、入門希望者の減少等の要因によりそういった呼称はあまり見られなくなった。
ミゼットプロレス
いわゆる低身長症の人間が行うプロレス。コミカルな面が強く、彼らを笑い物にしているとして一部の人権団体からは非難があるとされるが、これも立派なプロレスであり、全女の興行には欠かせないものである。
関連項目
参考資料
- ロッシー小川 『全女がイチバーン!』 ISBN 4-583-03144-0 C0075
- ロッシー小川 『やっぱり全女がイチバーン!』 ISBN 4-583-03233-1
