仏教

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仏教

基本教義
縁起, 四諦, 八正道
三法印, 四法印
諸行無常, 諸法無我
涅槃寂静, 一切皆苦
人物
釈迦, 十大弟子, 龍樹
如来・菩薩
仏の一覧
部派・宗派
原始仏教, 上座部, 大乗
地域別仏教
経典
聖地
八大聖地
ウィキポータル 仏教

仏教ぶっきょう)は、約2500年前(紀元前5世紀頃)にガウタマ(ゴータマ)・シッダールタ(釈迦)が現在のインド北部ガンジス川中流域で提唱し、各地に広まり現在も続く世界宗教

キリスト教イスラム教と並んで世界三大宗教のひとつ。

佛敎が元の表記。常用漢字教育漢字による漢字制限下では「仏教」と書く。

目次

概略

仏教とは、仏陀、覚者、真理に目覚めた人)の宗教、また仏に成るための教えである。ただし、仏になっても人間であることには変わりはなく、超人、超越者でもない。(ちなみに漢文学者の諸橋轍次は、中国語の「沸」の字が「水にして水に非ず」を意味する如く、否定のニュアンスを持つ旁の部に人偏で、「佛」という語には「人にして人に非ず」の意味があると解釈している)

何れにせよ、仏の原語 Buddha(サンスクリット)の意味は「目覚めた人」であり、他宗教のいう神でもなければ、神からの啓示をうけた「預言者」「神の僕」のような者でもない。個人が自ら真理=ダルマ、ダンマ)に目覚めて「悟り」を得てゆく過程が重視され、最終的には「自分として執着している自我(アートマン)は実体ではない(無我)」と覚り、の束縛から解放されること(=解脱)を求める。一般にこの境地を涅槃と呼ぶが、これはエゴイズム・煩悩の炎が消えた状態である。なお大乗仏教においては、自身の涅槃を追求するにとどまらず、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への救済に対する誓いを立てること(⇒誓願)が主張されるが、特にこの「利他行」の強調小乗仏教(=部派仏教上座部仏教)と大乗仏教とを区別する指標として重要視される。

釈迦仏陀 (buddha) と尊崇し、その教え()を理解し、禅定(ぜんじょう)などの実践修行によってさとりを得、煩悩をのぞき、輪廻から解脱(げだつ)して涅槃の境地に入ることを目標とするが、この涅槃の境地に入った存在を仏とよぶ。なお、(特に初期仏教においては)菩薩とは仏になることを目指す修行者のことを言う。その教えから、根底にニヒリズムがあるように思われるが、煩悩を滅することにより、この世の現実の姿(実相)を感得しようとするもので、自己否定をするものではなく、一切を肯定しようとする面が強い。

さらに大乗仏教においては、道元のいう「自未得度先度佗(じみとくどせんどた)」(修証義)など、自身はすでに「涅槃の境地へ入る」段階に達していながら仏にならず、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への慈悲から輪廻の中に留まり、衆生への救済に取り組む面も強調・奨励される。これにより、例えば弥勒菩薩や観世音菩薩などが仏典に描かれている。

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また、初期仏教では、具体的に礼拝する対象はシンボル(菩提樹や仏足石金剛座)で間接的に表現していたが、ギリシャ・ローマの彫刻の文明の影響もあり、紀元前後にガンダーラ(現在のパキスタン北部)で直接的に人間の形の仏像が製作されるようになった。これは、一説では釈尊亡き後の追慕の念から念仏が起こり、さまざまな三昧へと発展する過程で、その拠りどころとして発達したと考えられている。現在は如来菩薩明神護法神など、さまざまな礼拝対象がある。一般的な仏教(顕教)では、仏像自体は宗教的シンボルとしてのみ意義がある。しかし後期大乗仏教の大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)では本尊という概念を導入し、自身と一体になる対象として扱われる。

真言門の菩薩行を修する諸菩薩を令て、本尊の形を観縁せしむるが故に、即ち本尊の身を以て自身と為す。  説本尊三昧品第二十八

特徴

仏教の教えは、一般に次の3つの根本思想(三法印)からなるとされる。逆に言うと、これを外れると仏教ではなくなるという説もある。

諸行無常(一切の形成されたものは無常であり、縁起による存在としてのみある)
諸法無我(一切の存在には形成されたものでないもの、アートマンのような実体はない)
涅槃寂静(苦を生んでいた煩悩の炎が消え去り、一切の苦から解放された境地が目標である)

経典によってはこれに一切皆苦を付加し、四法印を立てることもある。

一切皆苦(一切の形成されたものは、苦しみである。)


釈迦の覚者として悟った内容は、四諦縁起の真理、そしてその帰結としての無我と言われる。 以下に理論的に整理された十二支縁起を示す。

無明(無知)⇒行(潜在的形成力)⇒識(識別作用)⇒
名色(心身)⇒六入(六感覚器官)⇒触(接触)⇒受(感受作用)⇒
愛(愛)⇒取(執着)⇒有(存在)⇒生(出生)⇒老死(老いと死)

これは、なぜ最大の苦である「老死」の不安の下で生きているのかの由来を示すと同時に、「無明」の状態を覚醒する事により、「老死」が克服されるという根拠も示している。

このように仏教では、超越的存在(例えば神)の力で救われるのではなく、釈尊の実体験を最大の根拠に、現実世界で達成・確認できる形で教えが示され、それに従って来いと呼び掛ける。

このため、仏教でのは、六道を輪廻する一切衆生の一部をなし、輪廻という苦の中にある点では、他の衆生と同様、特別な存在ではないのである。このことから、釈迦も仏教の開祖ではあるが、セムハム系の「唯一神」のような全能な人格・超越者ではないことは言うまでもない。

歴史(仏教の伝播)

釈迦が入滅(仏滅)して後、出家者集団(僧伽、サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉(仏典)を集める作業(結集)を行った。仏典は、この時には口誦によって伝承され、後に文字化される。

僧伽は、仏滅後100年ごろ、教義の解釈によって上座部大衆部の二つに大きく分裂(根本分裂)する。時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する。この時代の仏教を部派仏教と呼ばれる。

部派仏教の上座部の一部は、スリランカに伝わり、さらに、タイなど東南アジアに伝わり、現在も広く残っている(南伝仏教)。このグループの仏教は、「自己の救いのみを目的とする」として、以前は後述の大乗仏教側から小乗仏教と呼ばれていた。

紀元前後、在家者と釈迦の墓(仏塔、ストゥーパ)の守護者たちの間から、出家することなく在家のままでも仏となる教え(大乗仏教)が起こる。この考え方は急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して、中国日本に伝わっている(北伝仏教)。

大乗は小乗に対比される言葉であるが、これは大乗仏教を標榜する人たちが、僧院中心に活動していた仏教徒たちに対して蔑称として使った言葉である(原語のHiina-yana(ヒーナヤーナ)は「劣った・小さい乗り物」という意味であり、もともと大乗・小乗の区別がインドでは明確ではなかったことが、いろいろな史料から知られている)。

7世紀ごろベンガル地方で、ヒンドゥー教神秘主義の一潮流であるタントラ教(Tantra または Tantrism)と深い関係を持った密教が盛んになった。この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができとなること(即身成仏)ができるとする。密教は、インドからチベットブータンへ、さらに中国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。

仏教の教えは、インドにおいては上記のごとく段階を踏んで発展したが、近隣諸国においては、それらの全体をまとめて「仏説」として受け取ることとなった。中国および中国経由で仏教を導入した諸国においては、「教相判択(きょうそうはんじゃく)」により仏の極意の所在を特定の教典に求めて「所依(しょえ・しょい)」としたり、特定の行(密教など)のみを実践するという方向が指向されたのに対し、チベットでは初期仏教から密教にいたる様々な教えを一つの体系のもとに統合するという方向が指向された。

紀元前5世紀頃…インドで仏教が開かれる(インドの仏教) 
紀元後1世紀…中国に伝わる(中国の仏教
3世紀…セイロン島(スリランカ)に伝わる(スリランカの仏教
4世紀…朝鮮半島に伝わる(韓国の仏教
538年…日本に伝わる(日本の仏教
7世紀前半…チベットに伝わる(チベット仏教
11世紀…ビルマに伝わる(東南アジアの仏教
13世紀…タイに伝わる(東南アジアの仏教

仏教における人間

「にんげん」とは、人の間と書く。間とは世間とか仲間という意味である。仏教の生まれた時代のインドでは、衆生は五趣(天、人、餓鬼、畜生、地獄)を輪廻すると信じられており、人はこの中の一つの世界に偶々生まれているに過ぎないのである。そして、この五趣輪廻の苦から解脱して永遠の安寧を得ることはできないとされていた。仏教は衆生がこの苦から解脱するための処世的な側面を持って開かれたのである。五趣はやがて大乗仏教の時代になると、天の中の闘争的な性格を具する阿修羅を人の下に置いて、六道というようになった。

天台宗などでは、天の上に声聞縁覚菩薩の四を加え、十界の教義を立てた。これによって善業を積んで転生しながら、次々と上の世界に生まれていけば、終に仏になり輪廻から解脱するという階梯ができたのである。言い換えれば、人間は悟りへの途中の状態にあるということができる。 さらに、人間誰もが仏心という心(仏性)を持っており、それを煩悩が取り巻いているために仏心が顔を出すことができないという、本覚(ほんがく)という考え方も言われる。

大正大蔵経を創った高楠順次郎博士は「人間は未完成の仏である。仏は完成された人間である。」と表現している。

仏教の分布

伝統的に仏教を信仰してきた諸国、諸民族は、教典の使用言語によって、サンスクリット語圏、パーリ語圏、漢訳圏、チベット語圏の四つに大別される。パーリ語圏のみが上座部仏教で、のこる各地域は大乗仏教である。

サンスクリット語教典は、ネパールインド(ベンガル仏教、新仏教等)、パーリ語教典はタイビルマスリランカカンボジアラオス等、漢訳仏典は中国日本朝鮮ベトナム等、チベット語教典はチベット民族(独立国としてブータンを持つほか、中国のチベット高原ネパールインド等の諸国の沿ヒマラヤ地方に分布)、モンゴル民族モンゴル国、中国内蒙古ほか、ロシア連邦ブリヤート共和国カルムイク共和国)、満州民族、トルコ系のトゥヴァ民族(ロシア連邦加盟国)などが使用。

関連項目

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外部リンク

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