世界恐慌

Keywords: 世界恐慌, 10月24日, 1929年, 1933年, アウトバーン, アドルフ・ヒトラー, アメリカ合衆国, アメリカ合衆国大統領, イギリス, イギリス連邦

世界恐慌せかいきょうこう)とは、1929年10月24日のニューヨーク株式市場(ウォール街)の株価大暴落に端を発した世界規模の恐慌である。大恐慌ともいう。

目次

発端

第一次世界大戦終了後、アメリカは戦後復興の援助によって「永遠の繁栄」と呼ばれる栄光を手に入れたものの、すでに農業の機械化による農業恐慌が起こっていた。また、次第にヨーロッパの復興が進むにつれ、アメリカ国内の生産が過剰になっていった。そして「暗黒の木曜日」と呼ばれる1929年10月24日の10:25、ジェネラルモーターズ株価が80セント下落したのをきっかけに、市場は売り一色となり、株価は大暴落した。アメリカに完全に依存しきっていた各国の経済も次々と破綻することになる。

各国の状況

未曾有の恐慌に資本主義先進国は例外なくダメージを受けることになった。植民地を持っている国(アメリカ・イギリスフランス)は様々な政策を採り、ダメージの軽減に努めたが、持っていない国(日本ドイツイタリア)はそれができず、ファシズムの台頭を招くことになる。第一次大戦後、世界恐慌まで続いていた国際協調の路線は一気に崩れ、第二次世界大戦への大きな一歩を踏み出すこととなった。

アメリカ

共和党フーヴァー大統領は古典的経済学に従い、フーヴァーモラトリアムを提唱しただけで残りは無為無策だったが、恐慌は拡大する一方だったため、修正資本主義に基いたニューディール政策を掲げて当選した民主党フランクリン=ルーズヴェルト大統領は、公約通りテネシー川流域開発公社を設立、さらに農業調整法全国産業復興法を制定し、更にラテンアメリカとの外交方針を以前の棍棒外交から善隣外交へ転換した。ただ、ニューディール政策がどれだけ効果があったかは現在でも疑問であり、実際アメリカの経済の本格的な回復は第二次世界大戦を待つこととなる。

イギリス

労働党のマクドナルド内閣は失業保健の削減など緊縮財政を敷くが、その政策から労働党を除名され、代わりに保守党自由党の援助を受けてマクドナルド挙国一致内閣を組閣する。勢力にかなりの蔭りが出ていたイギリスでは広大な植民地を維持していくことができず、ウエストミンスター憲章により、自治領と対等な関係を持ち、新たにイギリス連邦を形成、これを母体にブロック経済(スターリングブロック)を推し進めていくことになる(ただしインド帝国はブロック経済下でも東アジアと密接な経済関係にあったことが知られる)。

フランス

イギリスと同様、ブロック経済(フランブロック)を形成したフランスは、ファシズムに対抗するため、仏ソ相互援助条約を締結、そしてコミンテルンの指導を受けたブルム人民戦線内閣を組閣する。

ドイツ

第一次世界大戦の敗戦で各国から巨額の賠償金を請求されたドイツは、世界恐慌によってアメリカ企業も次々と撤退、少しずつ復興しかけていた経済は一気にどん底に突き落とされてしまった。天文学的インフレと大量の失業者が街に溢れ、また賠償金の支払い遅延を理由にフランスに産業の中心地ルール地方を占領され国内経済は破綻状態となる。その中でファシズム共産主義が台頭、失望した人々の期待を受けて国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が大躍進を遂げ、1933年ヒンデンブルク大統領の下で国家社会主義ドイツ労働者党党首のヒトラー内閣が成立、ドイツ国会議事堂放火事件で共産党を弾圧し、全権委任法を成立させる。翌年、大統領の死去と共にヒトラー総統に就任、第三帝国が成立した。その後、ヴェルサイユ条約ロカルノ条約を相次いで破棄、ラインラントに軍隊を進駐させる。経済面ではアウトバーンの建設等で失業者を減らした。

イタリア

第一次世界大戦直後から経済混乱に陥り、ファシスト党の一党独裁が始まっていたイタリアでは世界恐慌後も更にその傾向を強め、エチオピアを侵略、併合する。

日本

大戦後の恐慌、関東大震災金融恐慌によって徹底的にダメージを受けてきた日本経済は世界恐慌でついにとどめを刺され、「満州は日本の生命線である」と言った言葉の通り、大陸進出へと進んでいくことになる(もちろん金の新平価解禁も原因である)。ドイツやイタリアのようにファシズムを唱える政党の躍進はなかったものの、軍部の発言力は強まり、政府を無視して満州事変を引き起こし、さらに五・一五事件で政党政治の幕引きをし、ワシントン海軍軍縮条約ロンドン海軍軍縮条約の破棄、二・二六事件日独防共協定の締結、そして日中戦争という経緯で十五年戦争に突入する。

ソ連

ソ連社会主義国家であったため、先進国の中でただ一国世界恐慌の影響を全く受けなかった。以後、スターリンの推進する五カ年計画で着々と工業化を進めていく。

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