ヴラド・ツェペシュ

Keywords: ヴラド・ツェペシュ, 1431年, 1476年, 14世紀, 15世紀, アイルランド, オスマン・トルコ, カトリック, コンスタンティノープル, スラブ語

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ヴラド・ツェペシュVlad Ţepeş ,1431年 - 1476年)は、15世紀ルーマニアワラキア公。ヴラド3世。ツェペシュとは、「串刺し」の意で、串刺し公と呼ばれた。吸血鬼ドラキュラのモデルとして知られる。

目次

生涯

串刺し公の由来

ツェペシュが生まれた時代は、オスマン・トルコの攻勢によって、ルーマニアやハンガリーが圧迫を受け、その勢力に飲み込まれていく過程にあった。ツェペシュは、勇猛で軍略に優れ、オスマン・トルコに対してよく抗戦し、ルーマニアを守った英雄とされる。しかし、トランシルヴァニア公やモルダヴィアとの複雑な関係もあり、ワラキア領内での粛正も多く、トルコ軍のみならず、自国の貴族や民も数多く串刺しにして処刑したと伝えられる。ただし、串刺し刑は、この時代のキリスト教国イスラム教国のいずれにおいても珍しいものではなかった。ツェペシュの勇猛とこの残酷さは、オスマン・トルコにとって脅威と憎悪の対象となると同時に、自国の民からも恐れられた。

吸血鬼伝説との関係

「残酷」で知られたツェペシュは、後世になって吸血鬼伝承と合体し、アイルランド作家ブラム・ストーカーによって「ドラキュラ伯爵」のモデルとされた。ただし、吸血鬼を意味するストリゴイ(Strigoii)は、スラブ語がもとになっており、中欧からバルカン半島にかけて、セルビア人などのスラブ系民族の間で言い伝えられたと考えられている。ルーマニア人はスラブ系ではないため、もともと吸血鬼伝説とは無縁であり、トランシルヴァニア地方が吸血鬼の発祥地とされるのは、あくまで創作によるものとする説もある。

ドラキュラ城

ドラキュラとは、ドラクルの息子、つまり小竜公とでもいうような意味である。現在、ブラン城がドラキュラ城として知られるが、この城は、ツェペシュの祖父にあたるミルチャ公ヴラド1世が14世紀に居城としたもので、ツェペシュ自身は一時期とどまったに過ぎないといわれる。ツェペシュの本拠地と宮殿は、ブカレストの北西ワラキア領内のトゥルゴヴィシュテにあった。

関連項目

Keywords: ヴラド・ツェペシュ, 1431年, 1476年, 14世紀, 15世紀, アイルランド, オスマン・トルコ, カトリック, コンスタンティノープル, スラブ語