フォーミュラ・ワン

Keywords: フォーミュラ・ワン, 10月16日, 10月9日, 1950年, 1951年, 1952年, 1953年, 1954年

フォーミュラ・ワンFormula OneF1)は、最もよく知られた自動車レースのカテゴリーであり、その世界選手権も意味する。F1世界選手権は、国際自動車連盟 (FIA) が主催する自動車レースの最高峰で、四輪の一人乗りフォーミュラカーで行われる。

thumb|300px|right|トヨタF1 TF103(カラーリングのみ2004年仕様) thumb|300px|right|トヨタF1 TF103(2003年仕様)

目次

概要

1950年イギリスシルバーストン・サーキットで始まった。ヨーロッパを中心に世界各国を転戦し、各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンを決定する。

原則として1つの国で開催されるグランプリ (GP) は1回だけと定められているが、幾つかの例外が知られている。ドイツでは近年ホッケンハイムニュルブルクリンクで、それぞれ「ドイツGP」と「ヨーロッパGP」が開催されている。過去の例では、1994年と1995年に日本の鈴鹿英田(あいだ)で、それぞれ「日本GP」と「パシフィックGP」(1994年第2戦、1995年第15戦)が行われた。更に極端な例としては、1980年代にアメリカで「アメリカ東GP」「アメリカ西GP」「ラスベガスGP」の3レースが行われた。また、イタリアでは毎年モンツァイモラの2ヶ所で、それぞれ「イタリアGP」と「サンマリノGP」が行われている。後者はサンマリノ共和国の名前を冠しており、一見原則通りと思われるが、両GPともサーキットはイタリア国内であり実態としてはやはり例外といえる。

尚FIAが認めている最高峰の競技は、フォーミュラ・ワンと世界ラリー選手権の二つのみである。

Formula とは「決まり」「規定」を意味し、F1以外にもフォーミュラ3 (F3)、フォーミュラ3000 (F3000) などの競技がある。ちなみに北米圏ではフォーミュラとは言わずオープンホイール(ホイールが露出した、の意)と呼ぶ。その北米圏のフォーミュラはIRLCARTの2団体がトップフォーミュラを形成している。

出場する車両には、タイヤシャーシエンジンなどあらゆる部分に規定(レギュレーション)があり、これに反した車両は走行できない。また、走行中のマナーなどの取り決めもあり、違反した場合にはペナルティを課せられることもある。

チャンピオンシップ

各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンが決定する。獲得ポイントの最も多い選手が「ドライバーズ・ワールド・チャンピオン」となる。過去には(年間でのポイント獲得レースのうち得点の多い定められた数レースのみを計算対象とする)有効ポイント制を採用していたこともあった。車体製造者(コンストラクター:厳密にはチームではない)には2台までポイントが与えられその合計で「コンストラクターズ・ワールド・チャンピオン」が与えられる。(注:2004年現在、レギュレーションにより「チームと車体製造者は同一でなければならない」と記載されている)

強力なターボ・エンジンと自然吸気(NA)エンジンが混走した1987年には自然吸気 (NA) エンジン搭載車のみでのチャンピオンシップが制定され、それぞれドライバーに与えられる「ジム・クラーク・カップ」、コンストラクターに与えられる「コーリン・チャップマン・カップ」と呼ばれたが、翌1988年、ターボ・エンジンの燃費規制が厳しくなり彼我の戦力差が縮小したため、1年限りで廃止された。

基本的な競技の進行

土曜午後と日曜午前に行われる2回の予選の合算タイムにおいて、スターティンググリッド(スタート時の整列順)が決定する。一番速いタイムでコースを1周した者にはポールポジションが与えられ、その後ろにはタイム順で整列する。なお、タイムはマシンに搭載された無線装置により1/1000秒まで計測される。まれに1/1000秒まで同タイムのケースが見られるが、その場合には予備予選(予選における走行順を決定するセッション)での順位が考慮される。

日曜午後に行われる決勝は、原則的に距離305kmを超える最も短い周回数で争われる。また、レースは2時間を超えた周回で打ち切られる。例外として、モナコGP市街地で行われることによる体力的・精神的負担などを考慮し約250kmで争われる。また、ドライコンディション時に2時間を超えて終了したコースについては翌年から周回数を減らして行われる(例:フェニックス市街地で行われたアメリカGPなど)。全車静止した状態からスタートを切り(スタンディングスタート)、最も速く定められた距離を走破した者が優勝となる。

レース中にピットで可能な作業は時代によって異なり2005年現在は給油・タイヤ交換(破損したタイヤのみ)・マシン微調整などを行うことができる。もちろん行わないこともできるが、ガソリンタンク容量などの関係により、ノーストップでの完走は現実的ではない。よって、レースの勝敗はピットでの戦略(タイミング・給油量など)により左右される場合が多い。

レギュレーションの変遷

自動車に関する技術の進歩による危険性の増加にともない、F1のレギュレーションは大小さまざまな変更がなされている。

前年からの変更点と結果

歴史

F1世界ドライバーズ・チャンピオンシップ
チャンピオン国籍
1950年ジュゼッペ・ファリーナイタリア
1951年ファン・マヌエル・ファンジオアルゼンチン
1952年アルベルト・アスカリイタリア
1953年アルベルト・アスカリイタリア
1954年ファン・マヌエル・ファンジオアルゼンチン
1955年ファン・マヌエル・ファンジオアルゼンチン
1956年ファン・マヌエル・ファンジオアルゼンチン
1957年ファン・マヌエル・ファンジオアルゼンチン
1958年マイク・ホーソーンイギリス
1959年ジャック・ブラバムオーストラリア
1960年ジャック・ブラバムオーストラリア
1961年フィル・ヒルアメリカ
1962年グラハム・ヒルイギリス
1963年ジム・クラークスコットランド
1964年ジョン・サーティースイギリス
1965年ジム・クラークスコットランド
1966年ジャック・ブラバムオーストラリア
1967年デニス・ハルムニュージーランド
1968年グラハム・ヒルイギリス
1969年ジャッキー・ステュワートスコットランド
1970年ヨッヘン・リントオーストリア
1971年ジャッキー・ステュワートスコットランド
1972年エマーソン・フィッティパルディブラジル
1973年ジャッキー・ステュワートスコットランド
1974年エマーソン・フィッティパルディブラジル
1975年ニキ・ラウダオーストリア
1976年ジェームス・ハントイギリス
1977年ニキ・ラウダオーストリア
1978年マリオ・アンドレッティアメリカ
1979年ジョディー・シェクター南アフリカ
1980年アラン・ジョーンズオーストラリア
1981年ネルソン・ピケブラジル
1982年ケケ・ロズベルグフィンランド
1983年ネルソン・ピケブラジル
1984年ニキ・ラウダオーストリア
1985年アラン・プロストフランス
1986年アラン・プロストフランス
1987年ネルソン・ピケブラジル
1988年アイルトン・セナブラジル
1989年アラン・プロストフランス
1990年アイルトン・セナブラジル
1991年アイルトン・セナブラジル
1992年ナイジェル・マンセルイギリス
1993年アラン・プロストフランス
1994年ミハエル・シューマッハドイツ
1995年ミハエル・シューマッハドイツ
1996年デイモン・ヒルイギリス
1997年ジャック・ヴィルヌーヴカナダ
1998年ミカ・ハッキネンフィンランド
1999年ミカ・ハッキネンフィンランド
2000年ミハエル・シューマッハドイツ
2001年ミハエル・シューマッハドイツ
2002年ミハエル・シューマッハドイツ
2003年ミハエル・シューマッハドイツ
2004年ミハエル・シューマッハドイツ
コンストラクターズ・チャンピオン
チャンピオン
1958年ヴァンウォール
1959年クーパー
1960年クーパー
1961年フェラーリ
1962年BRM
1963年ロータス
1964年フェラーリ
1965年ロータス
1966年ブラバム
1967年ブラバム
1968年ロータス
1969年マトラ
1970年ロータス
1971年ティレル
1972年ロータス
1973年ロータス
1974年マクラーレン
1975年フェラーリ
1976年フェラーリ
1977年フェラーリ
1978年ロータス
1979年フェラーリ
1980年ウイリアムズ
1981年ウイリアムズ
1982年フェラーリ
1983年フェラーリ
1984年マクラーレン
1985年マクラーレン
1986年ウイリアムズ
1987年ウイリアムズ
1988年マクラーレン
1989年マクラーレン
1990年マクラーレン
1991年マクラーレン
1992年ウイリアムズ
1993年ウイリアムズ
1994年ウイリアムズ
1995年ベネトン
1996年ウイリアムズ
1997年ウイリアムズ
1998年マクラーレン
1999年フェラーリ
2000年フェラーリ
2001年フェラーリ
2002年フェラーリ
2003年フェラーリ
2004年フェラーリ

日本での開催

日本では、1976年と1977年に静岡県富士スピードウェイで、1987年からは毎年、三重県鈴鹿サーキットで「日本グランプリ」が行われている。また、1994年と1995年には岡山県のTIサーキット英田(現岡山国際サーキット)で「パシフィック・グランプリ」が開催された。

また、過去には大分県のオートポリスでの「アジア・グランプリ」や横浜みなとみらいで市街地サーキットを用いた開催が計画にあがったことがあった。2004年現在、トヨタの買収により富士スピードウェイでのF1開催が噂されているほか、小樽市が市街地サーキットによるレース開催の可能性を探っている。

2005年の選手権と勝者

 開催日GP名勝者開催都市名国籍チーム
13月6日オーストラリア・グランプリジャンカルロ・フィジケラメルボルンイタリアルノー
23月20日マレーシア・グランプリフェルナンド・アロンソクアラルンプールスペインルノー
34月3日バーレーン・グランプリフェルナンド・アロンソマナマスペインルノー
44月24日サンマリノ・グランプリフェルナンド・アロンソイモラスペインルノー
55月8日スペイン・グランプリキミ・ライッコネンバルセロナフィンランドマクラーレンメルセデス
65月22日モナコ・グランプリ モンテカルロ  
75月29日ヨーロッパ・グランプリ ニュルブルクリンク  
86月12日カナダ・グランプリ モントリオール  
96月19日アメリカ・グランプリ インディアナポリス  
107月3日フランス・グランプリ マニクール  
117月10日イギリス・グランプリ シルバーストン  
127月24日ドイツ・グランプリ ホッケンハイム  
137月31日ハンガリー・グランプリ ブダペスト  
148月21日トルコ・グランプリ イスタンブール  
159月4日イタリア・グランプリ モンツァ  
169月11日ベルギー・グランプリ スパ・フランコルシャン  
179月25日ブラジル・グランプリ サンパウロ  
1810月9日日本グランプリ 三重県鈴鹿市  
1910月16日中国グランプリ 上海  

今年(2005年)新たに追加された選手権の行事

2006年以降に追加される可能性のある選手権の行事

2005年参戦ドライバー

2005年参戦チーム

過去の選手権の行事

過去に参戦していたチーム

  • アロウズ (1978~1990年、1994~2002年、1991年フットワークに買収されるも1994年に復活)
  • プロスト
  • ベネトン (ルノーに買収 1986〜2002年)
  • スチュワート (ジャガーに買収 1997〜1999年 49戦)
  • ティレル (B・A・Rに買収 1969〜1998年 418戦)
  • ローラ (後にラルース、スクーデリア・イタリア等にシャシーを供給 1962〜1997年 139戦)
  • リジェ (プロストに買収 1976〜1996年 326戦)
  • フォルティ (1995〜1996年 23戦)
  • シムテック (1994〜1995年 21戦)
  • パシフィック (1994〜1995年 22戦)
  • ロータス (1958〜1994年 491戦)
  • フットワーク (1991年~1993年)
  • スクーデリア・イタリア (ミナルディと合併)
  • ラルース (1987〜1994年)
  • フォンドメタル (1990〜1991年)
  • ブラバム (1962〜1992年 394戦)
  • マーチ (レイトンハウスに買収されるも、1992年に復活 1979〜1992年 230戦)
  • アンドレア・モーダ
  • レイトンハウス (1989〜1991年)
  • モデナ (1991年)
  • AGS (1986〜1991年 48戦)
  • コローニ (アンドレア・モーダに買収 1987〜1990年)
  • ライフ
  • ユーロブルン (1988〜1990年)
  • オニクス (モンテヴェルディにエントリー名変更)
  • オゼッラ (フォンドメタルに買収 1980〜1990年 132戦)
  • リアル (1988〜1989年)
  • ハース
  • トールマン (ベネトンに買収)
  • アルファロメオ (1959〜1985年 112戦)
  • RAM
  • スピリット
  • ATS (後にリアルとして復活 1977〜1984年 99戦)
  • セオドール (1978〜1983年 34戦)
  • フッティパルディ (1975〜1982年 104戦)
  • エンサイン (1973〜1982年 99戦) 
  • シャドゥ (セオドールに買収 1973〜1980年 104戦)
  • カウーゼン
  • ウルフ (1977〜1979年 47戦)
  • メルザリオ
  • マルティーニ
  • サーティース (1970〜1978年 118戦)
  • レバーク
  • ヘスケス (1974〜1978年 52戦)
  • パーレイ
  • マクガイア
  • コジマ
  • マキ
  • BRM (1952〜1977年 197戦)
  • パーネリ (1974〜1976年 16戦)
  • ペンスキー (1974〜1976年 30戦)
  • リンカー
  • ヒル
  • トロージャン
  • エイモン
  • トークン
  • テクノ (1972〜1973年 11戦)
  • マトラ (1967〜1972年 60戦)
  • AAR
  • ウォーカー
  • コンニュー
  • ベラシ
  • クーパー (1950〜1969年 129戦)
  • レッグ・パーネル
  • イーグル (1966〜1969年 26戦)
  • BMW (現在はエンジンのみ供給)
  • シャノン
  • スクデリア・チェントロ・スド
  • LDS
  • BRP
  • シロッコ
  • ENB
  • ポルシェ (1958〜1964年 31戦)
  • デ・トマゾ
  • JBW
  • ヴァンウォール (1954〜1960年 28戦)
  • アストンマーチン
  • オスカ
  • マセラティ
  • コンノート
  • ブガッティ
  • ゴンディーニ
  • メルセデス (現在はエンジンのみ供給 1954〜1955年 12戦)
  • ランチア (1954〜1955年 4戦)
  • HWM
  • EMW
  • AFM
  • チシタリア
  • ERA
  • タルボ (1950〜1951年 13戦) 
  • ホンダ(現在はエンジンのみ供給 1964〜1968年 35戦)
  • ザクスピード
  • ジャガー (2000~2004年・レッドブルに買収)

F1を題材とした作品

テレビ中継

1987年以降フジテレビが独占中継権を取得、地上波とCS放送においてテレビ放送を行っている。また、同局は日本GP(正式名称「フジテレビ日本グランプリ」)においては冠スポンサーにもなっている。しかし、殆どの地上波中継が録画放送のためファンからは不評である。

なお、テレビ放送の詳細については「F1 GRAND PRIX」の項を参照。

関連項目

外部リンク

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ウィキメディア・コモンズに、フォーミュラ・ワンに関連するマルチメディアがあります。
2005年シーズンのF1世界選手権を戦うチームと出走ドライバー
FERRARI B・A・R RENAULT WILLIAMS McLAREN
1 M・シューマッハ 3 バトン 5 アロンソ 7 ウェバー 9 ライッコネン
2 バリチェロ 4 佐藤/デビッドソン 6 フィジケラ 8 ハイドフェルド 10 モントーヤ/デ・ラ・ロサ/ヴルツ
SAUBER RED BULL TOYOTA JORDAN MINARDI
11 マッサ 14 クルサード 16 トゥルーリ 18 モンテイロ 20 フリーザッハー
12 ヴィルヌーヴ 15 クリエン/リウッツィ 17 R・シューマッハ 19 カーティケヤン 21 アルバース

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