ソビエト連邦
Keywords: ソビエト連邦, 12月26日, 12月30日, 1917年, 1922年, 1924年, 1936年, 1938年, 1941年, 1945年
ソビエト連邦(ソビエトれんぽう)は、正式名称をソビエト社会主義共和国連邦(ソビエトしゃかいしゅぎきょうわこくれんぽう)と言い、1917年から1991年に存在した世界最初の社会主義国家。労働者の組織「ソビエト」(協議会、評議会)が権力をもつプロレタリア独裁の国家である。首都はモスクワ。国旗の赤は革命のために流された血を、鎌は農民を、槌(ハンマー)は労働者を表す。
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| 国の標語 : Пролетарии всех стран, соединяйтесь! (ロシア語: 万国の労働者よ、団結せよ!) | |||||
| 公用語 | ロシア語 | ||||
| 首都 | モスクワ | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 解体前は第1位 22,402,200km² nn% | ||||
| 人口 - 総計(1991年7月) - 人口密度 | 解体前は第3位 293,047,571人 13.08人/km² | ||||
| 成立 - 宣言 - 承認 | ロシア革命 1922年12月30日 1924年2月1日 | ||||
| 解体 | 1991年12月26日 | ||||
| 通貨 | ルーブル | ||||
| 時間帯 | UTC +3~+11 | ||||
| 国歌 | インターナショナル (1922-1944) ソビエト連邦国歌(1944-1991) | ||||
| ccTLD | .SU (解体後も使用) | ||||
| 目次 |
国名
正式名称は、Союз Советских Социалистических Республик(Soyuz Sovetskikh Sotsialisticheskikh Respublik; サユーズ・サヴェーツキフ・ソツィアリスティーチェスキフ・リスプーブリク)。略称СССР(SSSR; エース・エース・エース・エール)。通称、Советский Союз(Sovetskij Soyuz; サヴェーツキー・サユーズ)。
英語表記は Union of Soviet Socialist Republics 。通称 USSR。
日本語表記は、ソビエト社会主義共和国連邦。通称、ソビエト連邦(「ソビエト」は「ソヴィエト」「ソヴェト」とも)。略称はソ連、蘇聯。ソビエトとはロシア語で「評議会」の意。実は唯一、どこにも固有名詞が含まれていない国名だったりする。
歴史
ロシア革命後、臨時政府が成立していたが、ロシアの混乱に勝つ力はなかった。そこでレーニン率いる赤軍が、臨時政府を攻撃。臨時政府は降伏し、ここにソビエト連邦共産党のソビエト社会主義共和国連邦が確立し、その後の列強による干渉戦争、シベリア出兵にも耐えた。
1922年全連邦ソビエト大会で樹立を宣言した。
スターリン支配下の大粛清時(ピークは1936年-1938年)には強制収容所送りや死刑などより1200万人以上が粛清された。
第二次世界大戦では、はじめ独ソ不可侵条約を結んでいたが、1941年、ドイツの攻撃を受けたため連合国側として参戦し、独ソ戦に勝利した。日本とは日ソ中立条約を結んでいたが、アメリカとの首脳会談で結んだ密約(ヤルタ協定)に基づき、大戦末期の1945年8月8日になって日本との戦端を開き、千島列島や南樺太などの日本領や満州、朝鮮半島北部を占領。これがその後の北方領土問題、シベリア抑留問題の基になった。
戦後は、ソ連がドイツの支配から解放し東ヨーロッパに打ち立てた、社会主義政権を中心とする社会主義諸国(東側)のリーダーとして、第二次世界大戦で発言力を高めたアメリカ合衆国をリーダーとする資本主義諸国(西側)に対抗。
アメリカとは直接戦争は行わなかったものの、有形無形の敵対行動や世界各地での代理戦争という形で、冷戦と呼ばれる対立関係を続けた。特に、核兵器の開発競争は世界を核戦争の危機にさらすものだった。その開発競争が如何に杜撰であったかは、「チェルノブイリ原発事故」の事故以降の経緯が物語っている。原子炉の構造に問題があったにもかかわらず、当初は運転ミスと断じられた。プリピャチ市民は放射能の恐怖をほとんど知らず、いつもの日と変わらずに日光浴や散歩をする人さえいた。
その後、社会主義体制の腐敗とともに、東側全体の経済は次第に沈滞していった。この状況を打開するため、1980年代後半からソ連共産党書記長ミハイル・ゴルバチョフの指揮の下で、ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)が進められた。この結果、腐敗した政治体制を改革し、1990年にこれまでの一党独裁制にかわり、複数政党制と大統領制を導入した。
そして、1991年3月17日には連邦維持の賛否を問う国民投票が行われ、投票者の約76%が連邦維持に賛成票を投じることとなった。(バルト三国の様に独立志向が強い共和国では、投票をボイコットした。)その後、新連邦条約に基づき、連邦を構成する各共和国への大幅な権限委譲と、連邦の再編が行われる予定だった。しかし、それら改革路線がソ連崩壊に結びつくことを危惧した、保守派のクーデターによって実質上崩壊、ゴルバチョフはソ連共産党書記長を引責辞任し、議会はバルト三国独立を承認した。さらに同年12月、ロシア、ウクライナ、ベラルーシが独立して独立国家共同体(CIS)を創設、残る諸国も独立してCISに加入し、ソビエト連邦は完全に解体した。
スターリン没後も、国家反逆罪等で逮捕又は亡命を強いられた人は増え続け、ソビエト連邦解体までの70年間に6200万人以上に及ぶ人々が粛清された。これらは現行のロシア政府が1997年に認めた公式データであり、粛清の全容を部分的にしか公開していない。この中には日本人抑留者・亡命日本人も含まれているが、日本政府は謝罪や賠償を現行のロシア政府に求めようとはしていない。
歴代指導者
ソビエト連邦の指導者の一覧も参照。
- ウラジーミル・レーニン (1917-1924)
- ヨシフ・スターリン (1924-1953)
- ゲオルギー・マレンコフ (1953)
- ニキータ・フルシチョフ (1953-1964)
- レオニード・ブレジネフ (1964-1982)
- ユーリ・アンドロポフ (1982-1984)
- コンスタンティン・チェルネンコ (1984-1985)
- ミハイル・ゴルバチョフ (1985-1991)
構成国
| 加盟年 | 国名 | ソ連解体後 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1922年 | ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 | ウクライナ | |
| 白ロシア・ソビエト社会主義共和国 | ベラルーシ | ||
| ザカフカス・ソビエト連邦社会主義共和国 | - | 1936年連邦解散 | |
| ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 | ロシア | ||
| 1924年 | ウズベク・ソビエト社会主義共和国 | ウズベキスタン | |
| トルクメン・ソビエト社会主義共和国 | トルクメニスタン | ||
| 1929年 | タジク・ソビエト社会主義共和国 | タジキスタン | ウズベクから分割 |
| 1936年 | アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国 | アゼルバイジャン | ザカフカスを解散 |
| アルメニア・ソビエト社会主義共和国 | アルメニア | ザカフカスを解散 | |
| カザフ・ソビエト社会主義共和国 | カザフスタン | ロシアから分割 | |
| キルギス・ソビエト社会主義共和国 | キルギスタン | ロシアから分割 | |
| グルジア・ソビエト社会主義共和国 | グルジア | ザカフカスを解散 | |
| 1940年 | カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国 | - | ロシアの一部とフィンランドの一部を合併。1956年ロシアの自治共和国に降格。 |
| エストニア・ソビエト社会主義共和国 | エストニア | ||
| モルダビア・ソビエト社会主義共和国 | モルドバ | ||
| ラトビア・ソビエト社会主義共和国 | ラトビア | ||
| リトアニア・ソビエト社会主義共和国 | リトアニア |
長い国境のうちにはいくつかの領土問題を抱えており、日本とは北方領土問題を持っていた。この問題はロシアになった今も続いている。またフィンランドにもカレリア問題が残されている。
関連項目
- 共産主義
- ロシア革命
- 極東共和国
- チェカ
- 独ソ戦
- KGB
- 赤軍
- 冷戦
- 中ソ対立
- レフ・トロツキー
- 第三インターナショナル(コミンテルン)
- ロシア・アヴァンギャルド
- ニュー・ロシア・アヴァンギャルド
- 宇宙ステーションミール
- スプートニク
