ウマ

Keywords: ウマ, 15世紀, 16世紀, 1968年, 20世紀, 4世紀, 8世紀, おたぐり, すき焼き

この記事ではウマ科の動物の(ウマ)について記述しています。
その他の馬については馬 (曖昧さ回避)をご利用ください。


ウマ
thumb|none|若いウマ
分類
界: 動物界 Animalia
門: 脊索動物門 Chordata
亜門: 脊椎動物亜門 Vertebrata
綱: 哺乳綱 Mammalia
目: ウマ目(奇蹄目) Perissodactyla
科: ウマ型亜科 Hippomorpha
科: ウマ上科 Equoidea
科: ウマ科 Equidae
属:  ウマ属 Equus
:  caballus
学名

Equus caballus

和名

ウマ

英名

Horse

ウマ)は、ウマ目(奇蹄目) ウマ科に属する動物の総称。現生は、いずれもウマ属に属するウマ、シマウマロバの仲間、5亜属9種のみである。狭義の「ウマ」は、このうち特にとしてのウマ Equus caballus のみを指す。

北アメリカ大陸原産とされるが、北米の野生種は、数千年前に絶滅している。古くから中央アジア中東、北アフリカなどで家畜として飼われ、主に乗用や運搬、農耕などの使役用に用いられるほか、食用もされ、日本では馬肉を桜肉と称する。

道路交通法上、馬が引く車および人の騎乗した馬は軽車両に分類される。

社会性の強い動物で、野生のものも家畜も群れをなす傾向がある。

学名の Equus はインド・ヨーロッパ語でウマを意味する ekwos に、種小名の caballus は中央アジア-スラブ-フィンランド語系でウマを意味する käval に由来する。日本語の「ウマ」は、モンゴル語の morin に由来するという説があるが、「(うめ)」などと同様、直接的には「馬」という漢字の字音(マ)によると考えるのが妥当であろう。

目次

生物学的特徴

首と頭が長く、長い四肢をもつ。角はない。各脚とも第3指を残し他の指は退化している。よく発達した爪(ひづめ)をもち、硬い土の上を走ることができる。長い尾と、頭から首の上部にかけての鬣(たてがみ)を除くと、全身の毛は短いが、ある程度の寒冷地での生活にも耐えられる。優れた嗅覚をもつが、毒草や血のにおいなどを嗅ぎ分けることはできない。顔の両側に目が位置するため視野が広いが、反面、両眼視できる範囲は狭いため、距離感をつかむことは苦手とする。走るときに背中が湾曲しないため、乗用に用いることができる。

草食性であり、よく発達した門歯と臼歯で食べ物を噛み切り、すりつぶす。ウマは後腸発酵動物であり、反芻動物とは異なり胃は一つしかもたない。しかし大腸のうち盲腸がきわめて長く(約1.2m)、結腸も発達している。これらの消化管において、微生物が繊維質を発酵分解する。胆嚢がないことも草食に適している。

寿命は約25年、繁殖可能な年齢は3-15/18歳。繁殖期は春で、妊娠期間は335日。単子であることが多い。

牡(オス)馬は歯をむき出しにして、あたかも笑っているような表情を見せることがある。これを「フレーメン」と呼び、ウマだけでなく様々な哺乳類に見られる。このフレーメンによって鼻腔の内側にあるヤコプソン器官と呼ばれるフェロモンを感じる嗅覚器官を空気にさらすことで、発情した牝(メス)馬のフェロモンをよく嗅ぎ取れるようにしている。発情した牝馬の生殖器の臭いをかがせるとこの現象を容易に起こせるため、ウマのフレーメンに関する歴史的エピソードがいくつかある。

進化

ウマ科は主要な系統の化石証拠が豊富であり、そこからその進化史が跡付けられている。最古の化石は、北米で5,000万年前(始新世)の地層から発見されたヒラコテリウム Hyracotherium sp. である。ヒラコテリウムは、一般にはエオヒップス Eohippus という別名で知られる。ヒラコテリウムはキツネほどの大きさで、前肢は第1指がなく、後肢は第1と第5指が退化している。森林に生息し、葉食性(ブラウザ)であったと考えられている。
その後、始新世のオロヒップス、エピヒップス、漸新世のメソヒップス、ミオヒップス、中新世のパラヒップス、メリキップスという系統進化が明らかになっている。約1,000万年前(中新世前-中期)のメリキップスは、真の草食性を示す高冠歯を獲得したことと、より高速での走行を可能にした下肢骨(尺骨と橈骨、脛骨と腓骨)の癒合の2点で画期的であった。当時は乾燥気候が広がるとともに大草原が拡大しつつあり、メリキップスの出現は、草原への進出の結果だった。
約400万年前(中新世中-後期)のプリオヒップスは、第2・第4指を完全に消失させることで指が1本になり、現在のウマに近い形態をしていた。ウマの仲間は、更新世氷河期ベーリング海を渡り、ユーラシア大陸やアフリカ大陸に到達し、現在のウマであるエクウス(ウマ属)に分化する。
南北アメリカ大陸に残ったウマ科の動物は、氷河期に絶滅した。ミオヒップスやメリキップスからも多様な種分化が起こり、ウマ類は一時、大きな発展を示したが、系統の大半はすでに絶滅し、現存する子孫が、ウマ、シマウマロバの仲間のみとなっている現状は、反芻類の繁栄と対象的である。

品種

現在では、野生種はほとんど滅亡したとされる。アメリカのムスタングや、宮崎県都井岬の御崎馬などは、半野生状態で生息しているが、いずれも家畜として飼育されていたものが逃げ出し、繁殖したものである。モンゴルに生息するモウコノウマ(Equus przewalskii)は、真の野生ウマというべき種であるが、1968年以降、野生状態では1頭も確認されていない。

サラブレッドやポニーなど、我々がふだん目にする馬の多くは改良種と呼ばれ、スピードや耐久力、パワーなどを高めるような改良がなされている。また、各地にそれぞれ在来種と呼ばれる固有の特徴をもった品種が少数存在する。在来種は古来のウマの特徴を比較的よく残しているが、それらも多かれ少なかれ人間の手によって改良されている。

軽種

主に乗用や、乗用の馬車をひくために改良された品種で、軽快なスピードとある程度の耐久力をもつように改良されている。

クォーターホース、トロッターについては中間種とする分類もある。中間種とは軽種と重種の中間的な性質を持ち、軽快さと比較的温厚な性質を持つ。

重種

主に農耕や重量物の運搬のために改良された品種。中世ヨーロッパでは重い甲冑を着込んだ重装備の騎士の乗馬とされた。大きな個体では体重1トンを超えることも珍しくない。また、食用として用いられるのは重種馬が多い。

在来種

日本在来種は以下の8種。北海道和種以外は非常に飼育頭数が少ない。

人間とウマ

人間によるウマ利用の歴史

Equus(エクウス:ウマ属)の学名で呼ばれるウマやロバの直接の先祖は、200万年前から100万年前にあらわれたと考えられている。ヒトは古い時代からウマを捕食し、あるいは毛皮を利用していたことが明らかにされており、旧石器時代に属するラスコー洞窟の壁画にウマの姿がみられる。純粋な野生のウマは、原産地の北アメリカを含め、人間狩猟によりほとんど絶滅した。

紀元前4000年から3000年ごろ、すでにその4,000年ほど前に家畜化されていたヒツジヤギウシに続いて、ユーラシア大陸で生き残っていたウマ、ロバの家畜化が行われた。これは、ウマを人間が御すために使う手綱をウマの口でとめ、ウマに手綱を引く人間の意志を伝えるための道具である銜(はみ)がこの時代の遺物として発見されていることからわかっている。同じく紀元前3500年ごろ、メソポタミアが発明されたが、馬車が広く使われるようになるのは紀元前2000年ごろにスポークが発明されて車輪が軽く頑丈になり、馬車を疾走させることができるようになってからである。

馬車が普及を始めると、瞬く間に世界に広まり、地中海世界から黄河流域の中国まで広く使われるようになった。これらの地域に栄えた古代文明の都市国家群では、馬車は陸上輸送の要であるだけではなく、戦車として軍隊の主力となった。また、ウマの普及は、ウマを利用して耕作を行う馬耕という農法を生んだ。

一方、メソポタミアからみて北方の草原地帯ではウマに直接に騎乗する技術の改良が進められた。こうして紀元前1000年ごろ、広い草原地帯をヒツジ、ヤギなどの家畜とともに移動する遊牧という生活形態が、著しく効率化し、キンメリア人、スキタイ人などの騎馬遊牧民が黒海北岸の南ロシア草原で活動した。騎馬・遊牧という生活形態もまたたくまに広まり、東ヨーロッパからモンゴル高原に至るまでの農耕に適さない広い地域で行われるようになった。彼ら遊牧民は日常的にウマと接し、ウマに乗ることで高い騎乗技術を発明し、ウマの上からを射る騎射が発明されるに至って騎馬は戦車に勝るとも劣らない軍事力となった。遊牧民ではないが、紀元前8世紀アッシリアは、騎射を行う弓騎兵を活用して世界帝国に発展した。中国では紀元前4世紀に北で遊牧民と境を接していたの武霊王が胡服騎射を採用し、騎馬の風習は定住農耕民の間にも広まっていった。さらに4世紀の中国で騎乗者の足や腰を安定させるための鐙(あぶみ)や鞍(くら)が発明され、8世紀のヨーロッパで硬い土の上で長時間疾走させても蹄を痛めないようにするための蹄鉄が普及して、乗馬技術はより容易に習われるようになり、非遊牧民の間でも、西ヨーロッパ騎士日本武士のような騎兵を専門とする戦士階級が生まれた。

15世紀から16世紀に進んだ火薬の普及による軍事革命は騎士階級の没落を進めたが、騎兵の重要性は失われず、また物資の運搬にもウマは依然として欠かせなかった。各国は軍馬に適したウマを育成するために競馬を振興し、競馬を通じて馬種の改良が進められた。20世紀に至り、2度の大戦を経て軍事革新が進んで軍馬の重要性は急速に失われていったが、競馬・乗馬は娯楽、スポーツとして親しまれ、世界では現在も数多くの馬が飼育されている。

小型の野生ウマは縄文時代にも日本にいたとされているが、狩猟対象動物であり騎乗に適したものではなかった。(魏志倭人伝では倭国には馬はいないとの記述あり。)乗馬可能な大きさのウマは古墳時代の480年ごろ、大陸から持ち込まれたと考えられている。(現代のサラブレッドなどに比べるとかなり小型でポニー程度の大きさである。)古墳の副葬品も鞍、轡、鐙などの馬具が出土するようになり、日本人はこの頃から馬に騎乗し、各地に馬牧も開かれた。(ただし去勢の技術は導入されなかった。)後には農耕馬としても用いられる。ただし、縄文時代の貝塚から発見されたウマの骨は、その後のフッ素年代法による研究で、鎌倉時代のウマを深い穴の中に埋葬した結果、貝塚の中から発見されたのではないかとする説が有力となっている。

食用

馬肉は日本においては、熊本県長野県伊那地方、青森県南部地方などの郷土料理であるが、現代では流通している馬肉のほとんどはカナダやアメリカからのものとされている。その一方で競馬・乗馬関係者を中心に、馬肉を食べることに対して抵抗感をもつ人も少なからず存在する。

欧米では、馬肉食に対してフランス人がさほど抵抗を示さず、国内での馬肉食もまれではないのに対し、イギリス人は極めて強い不快感を示すことが多い。韓国人は馬肉は食べない。

乳用

モンゴル高原遊牧民の間ではウマは重要な乳用家畜の一つであり、馬乳酒を筆頭に様々な乳製品の原料とされる。

民間医療薬として

民間療法として、馬肉には解熱効果があるとされ、捻挫などの患部に湿布として使用される。また馬油は皮膚への塗布用のものが販売されている。

伝承・民話

ウマの登場することわざ、故事成語

楽曲

映画

TV

ドキュメンタリー

小説

関連項目

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外部リンク

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