アポロ計画
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アポロ計画(あぽろけいかく)とは、宇宙開発に関してソ連に出遅れていたアメリカが、マーキュリー計画・ジェミニ計画についで国家の威信をかけて取り組んだ有人宇宙飛行プロジェクト。当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディによる「1960年代のうちに人類を月に送り込む」との演説の通り、1969年アポロ11号が月の「静かの海」に着陸した。
月への第一歩を刻んだアポロ11号のニール・アームストロング(Neil Armstrong)船長の言葉 "That's one small step for a man, one giant leap for mankind."(これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ。)はあまりにも有名。
アポロ1号は試験中に地上で火災事故を起こし、3人の宇宙飛行士を失う惨事となった。アポロ13号は機器の重大なトラブルに見舞われたが無事に地球へと帰還。この事故はトム・ハンクス主演『アポロ13』として映画化されている。
アポロ17号を最後に計画は打ち切られたが1975年「アポロ・ソユーズテスト計画」においてアポロ宇宙船はふたたび軌道上を飛び、ソユーズ宇宙船とのドッキングをはじめ宇宙開発の競争相手であったソ連との共同実験を行っている。
実現に莫大な費用を要したアポロ計画はそのために少なくない批判を受けた。その一方で、計画を通して得られた技術的成果、月面探査による科学的知見、そして人類が初めて地球外の天体に到達したことの意義もまた大きいと見られることも事実である。
| 目次 |
飛行実績
| 打上年月日 | 宇宙船名 | ミッション目的 | 打上げロケット | 搭乗者 | 備考 |
| 1967年2月21日予定 | アポロ1号 | 指令船テスト | サターン1B | バージル・グリソム/エドワード・ホワイト/ロジャー・チャフィー | 火災事故でキャンセル |
| 1967年11月9日 | アポロ4号 | 打上げ試験 | サターン5 1号機 | 無人 | |
| 1968年1月22日 | アポロ5号 | 着陸船試験 | サターン1B | 無人 | |
| 1968年4月4日 | アポロ6号 | 機械船試験 | サターン5 | 無人 | |
| 1968年10月11日 | アポロ7号 | 司令船・機械船試験 | サターン1B | ウォルター・シラー/ドン・エイゼル/ウォルター・カニンガム | 有人 |
| 1968年12月21日 | アポロ8号 | 月周回 | サターン5 | フランク・ボーマン/ジム・ラベル/ウィリアム・アンダース | 初の月軌道飛行 |
| 1969年3月3日 | アポロ9号 | 着陸船・司令船ドッキング | サターン5 | ジェームズ・マクディビッド/デビッド・スコット/ラッセル・シュワイガート | 地球軌道上 |
| 1969年5月18日 | アポロ10号 | 月軌道上で着陸船試験 | サターン5 | トーマス・スタフォード/ジョン・ヤング/ユージン・サーナン | |
| 1969年7月16日 | アポロ11号 | 月着陸 | サターン5 | ニール・アームストロング/マイケル・コリンズ/バズ・オルドリン | 静かの海 |
| 1969年11月14日 | アポロ12号 | 月着陸 | サターン5 | チャールズ・コンラッド/リチャード・ゴードン/アラン・ビーン | 嵐の海 |
| 1970年4月11日 | アポロ13号 | 月着陸 | サターン5 | ジム・ラベル/ジョン・スワイガート/フレッド・ヘイズ | 事故で帰還 |
| 1971年2月6日 | アポロ14号 | 月着陸 | サターン5 | アラン・シェパード/スチュアート・ルーサ/エドガー・ミッチェル | フラ・マウロ高地 |
| 1971年8月2日 | アポロ15号 | 月着陸 | サターン5 | デビッド・スコット/アルフレッド・ウォードン/ジェームズ・アーウィン | 雨の海 |
| 1972年4月24日 | アポロ16号 | 月着陸 | サターン5 | ジョン・ヤング/トーマス・マッティングリー/チャールズ・デューク | ケイリー高原 |
| 1972年12月14日 | アポロ17号 | 月着陸 | サターン5 | ユージン・サーナン/ロナルド・エヴァンス/ハリソン・シュミット | 晴れの海。最後のミッション |
2号および3号
アポロ2号及び3号は欠番になっている。理由は下記のとおり。
アポロ計画初期、アポロと同じサターン1B型ロケットが2機打ち上げられ、非公式にそれぞれアポロ1号、アポロ2号と呼ばれていた。非公式1号は1966年2月26日、非公式2号1966年8月25日に打ち上げられた。どちらも無人だった。正式名称はそれぞれAS-201とAS-202である。
現在アポロ1号と呼ばれているミッションの正式名称はAS-204で、非公式にアポロ3号(もしくは4号)と呼ばれる予定になっていた。しかし、このロケットに乗り込む予定だった3人の宇宙飛行士は、最初の有人機である自分たちのロケットがアポロ1号と呼ばれるべきだと主張していた。そしてそれは彼らの遺言になった。実際の命名は、順番よりも遺言が優先された。このため、これ以降、1966年2月26日打ち上げのロケットは、非公式にアポロ2号、1966年8月25日に打ち上げのロケットは非公式にアポロ3号と呼ばれるようになった。これ以外のロケットがアポロ2号と呼ばれるなど混乱したため、これら2台は通常、正式名称で呼ばれ、アポロの名はつけない。詳しくはアポロ1号の項目も参照のこと。
アポロ計画捏造説
『アポロ計画は捏造で、実際には人類は月には行っていない』という説がある。
この俗説に基づいて火星探査を描いたSF映画「カプリコン1」(1977年、英、監督ピーター・ハイアムズ)が製作された(国家の威信をかけた有人火星探査に失敗した某宇宙機関は、それを隠すために室内火星セットを作り、火星の写真を撮影すると言うもの)。同年にイギリスではエイプリル・フールのジョーク番組として「第三の選択」(製作アングリアTV)が放映された。これは、宇宙飛行士の名前をわざと間違えている、登場人物を演じた俳優名が役名ともにキャストロールで明記されている、製作年月日が4月1日になっているなど、注意して見れば番組そのものが冗談だと分かるようになっていた。この番組はアメリカでも放映され、真に受ける視聴者が続出した。この番組は日本でも放映されたことがあるが、視聴者がジョーク番組だとわかるための手がかりであるエンドクレジットがカットされて放映された(口頭でエイプリールフールである旨を伝えている)。
日本では2000年代はじめ、テレビ朝日がこの説を取り上げ、バズ・オルドリン宇宙飛行士など関係者に取材するなどした後、数度にわたって番組を放送した。しかし支持が得られなかったためか、その後は一切報道していない。また、テレビ朝日以外の機関は一切報道していない。
外部リンク
- アポロ計画のホームページ
- アポロの月着陸は捏造であり実際は月へ行ってないと主張する者が後をたたないが、それらの主張へは科学的な反証がなされている。 参考ページ
