いすゞ・ベレット
Keywords: いすゞ・ベレット, 1960年代, 1963年, 1964年, 1966年, 1967年, 1969年, 1971年, 1973年, 1977年
ベレット(BELLETT)は、1963年よりいすゞ自動車より発売された乗用車。
同業他社のライバル車を想定せずに技術者主導で数々の新機軸を盛り込んだことから「革命児」と呼ばれ、自動車製造技術史上に大きな影響を与えた1960年代を代表する名車の1つ。形式名は細かい区分があるため後述する。車名の由来は小型ベレルを意味する造語。本車は軽自動車を除けば我国初の四輪独立装架の乗用車として有名だが、ディスクブレーキの採用も我国初であった。また鋭いステアリング性能もあいまって当時破格の運動性能を誇り、ロードホイーリングの良さは内外問わず注目を集めた。スタイルも卵の殻をモチーフにデザインされた、いすゞ2作目とは思えないほどスタイリッシュなもので、「和製アルファ・ロメオ」との異名をとる。また、我国で初めてGTを名乗ったモデルで、独特なカリスマ性もあいまって硬派の支持を受け続けるが、他社の新車攻勢下において1970年代に入ると販売実績が低迷、排ガス規制もあり1973年に生産終了となる。総生産台数は170.737台(いすゞHPより)。うちGTは17.439台であった。
現在でもGTの名声が高く愛好家によって多くの保存車が存在するが、逆に今日ではベレット=クーペの先入観が持たれるようになってきている。しかし、本来ベレットはファミリーカーを意識して設計されているため、販売の主力はセダンであった。
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機構
駆動方式はFR。エンジンはガソリンエンジン車は1300cc、1500cc、1600cc 、1800ccで、OHV、SOHC、DOHCの各種が存在、他に1800ccディーゼルエンジンモデルも存在する。サスペンションは我国初の四輪独立装架で、前輪ダブルウィッシュボーン、後輪はセミトレーリングアームコイルで、コーナリング時のテールスライドが激しく、特に峠道を好む若者の人気を得た。反面、当時は四輪独立装架を嫌う層も存在しており、1966年以降、後輪を固定式リーフリジット とした「タイプB」も生産されている。ステアリングは当時ほとんど例のないラックアンドピニオン式 で、その反応性の高さは賞賛され、変速機構も高速巡航を考慮し、当時の標準よりも1段多い4MT を基本とするが、1965年には3ATも登場した。1tを切る車体重量を生かしてモータースポーツでも活躍し、日産・スカイライン台頭以前はサーキットで無敵を誇った。また、本車はコラムシフトとフロアシフト 、ベンチシートとバケットシート、ドラムブレーキとディスクブレーキを任意で組み合わせ選択できるセミ・オーダーメイド方式で販売されていたのも特徴であった。
サルーン
歴史
1963年6月登場。ヒルマン・ミンクスの後継車として開発された小型乗用車で、当初は丸目2灯の1500ccOHV車であるPR20と、1800ccディーゼル車のPRD10の2種でスタートしたが、翌年4月に廉価版である1300ccOHV車であるPR10がラインナップに加わる。車体は4ドアセダンの他、2ドアセダンとライトバンが存在するが、2ドアセダンは後述のGTやGT-Rとは若干異なり、車体高の高い4ドアをただ2ドアにしたのみ。1966年4月に丸目4灯にフェイスリフトが行われ、また後輪固定装架車を好む層向けに1300ccおよび1500ccOHVの固定リーフサス車「タイプB」ことPR30とPR40が登場するが、これは外形面でも異型角目2灯ライトの異端車であった。1967年に1600ccSOHCモデルのPR50が追加されるが、1971年10月のフェイスリフト時に1800ccSOHC車であるPR60の投入と引換に、PR10~40およびPRD10がカタログ落ち、以後1977年までディーゼル乗用車の空白期をも生んだ。1973年10月にジェミニに後を託して生産終了となった。
スペック(最終仕様)
- 乗員 : 5名
- 全長 : 3990 mm
- 車幅 : 1495 mm
- 車高 : 1390 mm
- ホイルベース : 2350 mm
- 車両重量 : 920 kg
- 路上最高速度 : 150km/h
- エンジン出力 : 84ps/5200rpm
- 燃料搭載量: 40L
GT
歴史
通称「ベレG」。ベレットはロードホイーリングと高速巡航性能を高い次元で両立させた車であったことから、デビューまもなくスポーツクーペの登場が期待され、PR20をベースにレース技術をフィードバックして1964年4月に登場したものがGTことPR91である。エンジンは高トルク形ツインキャブ1600ccOHVを新規に設計、足回りも固めにセットし、車体もリアウインドウ部分を流線型に仕上げ、サルーンと比較して車体高を40mm低下した。そして、高速ツーリング車ということでGTを名乗るが、奇しくも本車が我国最初のグラントゥーリズモということとなった。1967年以降、エンジンはSOHCとなり、さらに受注生産制であったが、当時の流行にあわせて車体をファストバックとしたPR91Gが戦列に加わる。1970年3月に1800ccSOHCを搭載したPR95が登場、翌年PR91およびPR91Gの生産が中止される。1971年10月にグリルとテールの意匠が変更となり、通称「鉄仮面」といわれるデコレーションとなるが不評であった。1973年3月にサルーンより一足先に生産終了。
スペック
- 乗員 : 4名
- 全長 : 4005 mm
- 車幅 : 1495 mm
- 車高 : 1335 mm
- ホイルベース : 2350 mm
- 車両重量 : 940 kg
- 路上最高速度 : 160km/h
- エンジン出力 : 90ps/5400rpm
- 燃料搭載量: 40L
GT-R
歴史
形式名PR91W。「ベレG」の中でも頂点を極めたモデルで、1969年8月の鈴鹿12時間耐久レースで優勝を飾ったベレットGTXをプロトタイプとする。エンジンを117クーペ用の1600ccDOHCに換装、サスペンションを前後輪ともスプリングを強化の上、ブレーキにサーボを追加するなどサーキットで投下した技術をフィードバックさせた。車体は太陽光反射を抑えるために採用された黒ボンネットをシンボルとし、2分割されたフロントバンパーの間にフォグランプを装着する。しかし、1971年11月のマイナーチェンジ後はGTともども「鉄仮面」スタイルとなる。1973年3月まで生産されているが、その数は1400台程度であった。
なお、この車種に使用されていた"TYPE R"のエンブレムは3代目ジェミニ(クーペ・PAネロ含む)イルムシャーRにも引き継がれている。
スペック
- 乗員 : 4名
- 全長 : 4005 mm
- 車幅 : 1495 mm
- 車高 : 1325 mm
- ホイルベース : 2350 mm
- 車両重量 : 970 kg
- 路上最高速度 : 190km/h
- エンジン出力 : 120ps/6400rpm
- 燃料搭載量: 40L
MX
歴史
1969年の東京モーターショーに「べレットMX1600」として参考出品されたミッドシップエンジン・リアドライブモデル。レーシングカーの「いすゞR6」をベースに117クーペ用の1600ccDOHCを搭載したツーシーターで3台が試作されている(これについては総生産台数に数えない)。ボディはFRP 製で4灯式ヘッドライトを低位置にぶら下げた姿は、それまでのベレットとはまた異なるものであった。量産化を予定していたが、営業サイドの反対など諸事情により立ち消えとなってしまった。もし販売されていればトヨタ・MR-2より10年以上も早く日本初のミッドシップカーとなっていたはずだった。
スペック
- 乗員 : 2名
- 全長 : 4100 mm
- 車幅 : 1650 mm
- 車高 : 1100 mm
- ホイルベース : 2450 mm
