いすゞ・ジェミニ

Keywords: いすゞ・ジェミニ, 1974年, 1975年, 1976年, 1977年, 1979年, 1980年代, 1981年, 1982年, 1985年

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Opel-kadett(初代ジェミニと同型)

ジェミニ (GEMINI) は、いすゞ自動車自動車。1974年以来いすゞ自動車が乗用車事業撤退(休止)まで生産していた自動車である。

初代は提携先のGMのワールドカー構想に基づく世界戦略車のモデルの一つであるTカーで、オペルカデットをはじめとして各国で兄弟車が生産されていたため、名前に双子座という意味が込められた。

2代目と3代目はGMへのOEM生産(相手先ブランド供給)を視野に入れ自主開発されたモデルで、特に2代目は苦戦続きであったいすゞの乗用車史上で唯一、商業的成功を収めるが、3代目へのモデルチェンジで失敗、最後はホンダのOEM車になるという運命をたどるシリーズである。

目次

初代

歴史

1974年11月登場。形式名は1600cc車がPF50、1800cc車がPF60。ディーゼル車はPFD60。GM傘下となったいすゞ自動車の乗用車部門再検討時、GMはベレットの完成度の高さに驚き生産継続を主張したが、いすゞは市場性の見地よりモデルチェンジを要望、その結果、オペルカデットを原型とするGMの世界戦略車構想のTカーが投入されることとなる。シボレーシェベット、ポンティアック1000など世界中で兄弟車が生産されることから、双子座の英名であるジェミニを名乗るが、ベレットの後継車としての位置を明確とするため、1975年までは「ベレット・ジェミニ」と称していた。

車体はクーペセダンが用意され、当初は1600ccシングルキャブSOHCエンジンを搭載したPF50のみのラインナップであったが、オペルカデットそのままに逆スラントノーズの直線を基調にした欧州風のデザインで隠れた人気を呼ぶ。ヘッドライトはオリジナルは丸目2灯であったが1977年6月に角目2灯に変更。1979年にジェミニ単独のフェイスリフトが行われスラントノーズ形状に変更、ヘッドライトも再度丸目2灯となったが、1981年に角目2灯に再び変更される。

1979年ディーゼルエンジン搭載車と1800ccDOHCガソリンエンジン搭載のホットモデルZZ(ダブルズィー)が追加されたが、うちディーゼルモデルは第二次オイルショックの時期と重なり、低燃費車として脚光をあび、1982年には世界初の電子制御付ターボディーゼルモデルも登場した。このため、晩年の初代ジェミニはディーゼル乗用車の代表として認知される存在となる。2代目の「FFジェミニ」登場に伴い1985年に基本的には販売終了となるが、ZZのみ1986年6月まで生産を継続。初代の総生産台数は768,537台(いすゞHPより)。

機構

駆動方式はFR。エンジンは当初1600ccSOHC(G161型)のみであったが、1977年6月より1800ccSOHC(G180型)が加わる。さらに1979年のマイナーチェンジ時に1800ccDOHC(ZZ)と1800ccディーゼルエンジンが追加される。

変速機構は4MTでスタートするが、1975年に3AT1976年に5MTが追加。サスペンションは前輪がダブルウィッシュボーン、後輪が3リンク式コイルスプリングで、ステアリングはラックアンドピニオン式である。

スペック(標準車最終仕様)

2代目

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いすゞジェミニ(2代目)JT190 ハンドリング・バイ・ロータス仕様車

歴史

1985年5月登場。形式名はSOHC車がJT150、DOHC車がJT190、ディーゼルエンジン車はJT600。当初は初代のZZが併売されていた関係で、「FFジェミニ」と名乗っていた。いすゞとしては販売面で最も成功したモデルで、1980年代の名車の一つに挙げられる。117クーペ以来17年ぶりのいすゞオリジナル設計の乗用車で、モデルチェンジにあたり、アスカとの競合を避け、なおかつ米国市場をも意識して初代より一回り小型のクラス設定とし、居住性と取り回しの良さを得るためにFF化、パワーステアリングやサーボブレーキなど特に操縦性に意を注いだ設計とされた。上記はかつて、次期ベレットとして構想されていた内容でもあり、その出来栄えはトヨタをもうならせるほどのものであった。

車体はいずれもジウジアーロのデザインでセダンと、先代のクーペに代わって3ドアハッチバックが設定されている。室内も運転席はライトとワイパーの制御をクラスタースイッチで操作する独特の配置となっている。1987年2月のマイナーチェンジ時に、フラッシャーランプをサイドに回りこませた、通称「つり目」といわれるヘッドライト形状に変更。また、初代のZZ後継のチューニングモデルも充実しており、1986年に専用の電子制御ターボエンジンを装備し足回りを西独イルムシャー社がチューニングした「イルムシャー」仕様、1988年 にはDOHCエンジンを搭載し足回りを英ロータス社がチューニングしてBBSホイールをオプション設定(ZZ-SEのみ標準装備)した「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様がそれぞれ追加されており、前者は高い走行性能を有するヨーロピアン・スポーツ車として、後者は高性能ながらも落ち着いた操縦性を有するラグジュアリ・アダルトスポーツ車としての性格付けがなされていた。

2代目はトヨタ・カローラ日産・サニーなど、強力なライバルが存在する大衆車クラスに変更された関係で、当初は販売面が憂慮されていた。しかし、「街の遊撃手」とのキャッチコピーで、欧州の町並みの中をクラシックの旋律に合わせてジャンプや旋廻をするアクロバティックなCMが見事に当たり、消費者に車の基本性能の良さと、おしゃれなイメージを同時に植えつけさせるさせることに成功、カラーバリエーションも豊富で女性からも人気を博し、一時は月間販売台数でカローラを抜くほどの大ヒットを飛ばした。2代目の総生産台数は 748,216台(いすゞHPより)。

機構

駆動方式はFF。エンジンは1500ccSOHC(4XC1型)および同ターボ付、1600ccDOHC(4XE1型)、1500ccディーゼル(4EC1型)および同インタークーラーターボ付。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪がコンパウンドクランクコイルを用いるが、「イルムシャー」仕様についてはオプションでビスカスLSDの装備も可能であった。ステアリングはパワーステアリング付ラックアンドピニオン式。変速機構は5MTと3ATでスタートしたが、1986年にNAVi5を搭載車も登場した。また、ブレーキには全車サーボが標準装備されたのも特徴の一つである。

スペック(標準仕様)

3代目

歴史

1990年3月登場。形式名はSOHC車がJT151F、DOHC車がJT191F、同インタークーラーターボ付で4WD車がJT191S、ディーゼル車がJT641F、同4WD車がJT641S。これらにホットモデルとして「イルムシャー」および「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様がラインナップされている点は先代と変わらない。その中でもJT191Sは他車グレードのGT-Rに相当する「イルムシャーR」を名乗る最上位機種である。当初セダンのみの設定であったが、1990年9月にクーペ、1991年3月に3ドアハッチバックが追加されている。なお、米GM社のGEOブランド向けのフロントフェイスが違うストーム(日本ではヤナセで販売されていたPAネロ)も本車の一族にあたる上、果ては2代目ピアッツァもこのシャーシをベースに作られている。

3代目は技術的に特徴が多い車で、ジェミニシリーズが活躍していたラリーフィールドを意識した設計が施されており、「カプセルシェイプ」と銘打った一体型ボディ構造をもち、強度重視で厚い鉄板を使用したため当時の1600ccクラスとしては車重は重い部類に入る。さらに、特記すべきものとしてはリアサスペンションにストラット式をベースにトーコントロール機構を持たせた4WSの一種であるニシボリックサスペションが導入されたことが挙げられる。しかし、自動車評論家を招待し社運を賭けて行われた試乗会では、サスペションを誇張するチューニングをした試乗車を用いたために評論家に著しい違和感を与え酷評(例:腰砕け・・・後席に座ると酔う・・・等々)が相次いだ。

デザインは中村史郎を中心にいすゞ社内でまとめられたものであるが、GMの意向が強く影響した点は否めず、欧州車の味わいを売りとしていたいすゞ車の中にあって異例ともいえるアメリカンなデザインとなり、フラッシュサーフェイス化されたフェイスマスクは不評で珍車扱いされた。車体が肥大化したこともあり米国での売れ行き不振も深刻化、結果的にはこのモデルがいすゞ自動車の乗用車事業撤退を決定づけたといえる。1993年7月限りで生産打ち切り。3代目の総生産台数は 406,625台(いすゞHPより)

機構

駆動方式はFFだが、イルムシャーR仕様と一部のターボディーゼル車については4WDとなっている。エンジンは1500ccSOHC(4XC1型)、1600ccDOHC(4XE1型)、同インタークーラーターボ付、1700ccディーゼル(4EE1型)および同インタークーラーターボ付。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪には4WSの一種であるニシボリックサスペションを装備する。ステアリングはパワーステアリング付ラックアンドピニオン式。変速機構は5MTと3ATで、ブレーキにサーボが標準装備されている点は先代と同様だが、本車は前後輪ともディスクブレーキとなっている。

スペック (標準仕様)

4代目

1993年発売。形式名MJ1~3。いすゞ自動車が乗用車生産から撤退したために、ホンダよりOEM導入したモデル。ドマーニのバッチを変えただけのモデルである。先代から引き続いて購入する顧客対策ということもあり、グレードは2つと少なく、派手な販売戦略は行われなかった。

5代目

1997年発売。形式名MJ4~6。先代がベースにしていたホンダドマーニがモデルチェンジしたために代替わりした。2000年9月にドマーニがカタログ落ちしたため、一世を風靡したモデルには寂しい形で発売が打ち切られた。

Keywords: いすゞ・ジェミニ, 1974年, 1975年, 1976年, 1977年, 1979年, 1980年代, 1981年, 1982年, 1985年